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「戻りなよ。桜が待ってるよ」
私は振り返りもせず背を向けたままそう突き返す。
しかし、彼の手には一層力がこもった。
「晴日、ちゃんと話そう」
「もういいから離して!」
この状況に耐えきれず、私は声を荒げて彼の手を振り払う。
その瞬間、目に飛び込んできた白いタキシード姿に胸が締め付られた。左胸にはコサージュをつけ、まるで主役のような装いの彼は正真正銘今日姉の桜の結婚相手なのだ。
桜が結婚すると知ったのは一週間前で、その相手が私の恋人だとは控え室に現れた矢島さんの姿を見るまで何も知らなかった。
いまだ状況が掴めないままで、はじめは何かの冗談かと笑い飛ばしそうになったがみんなの真剣な表情を見たら顔が青ざめた。あまりにもひどい仕打ちに気分が悪い。
ずっと私だけが何も知らず、彼にも家族にも裏切られていた。
「付き合ってる間どんな気持ちだった? 何も知らない馬鹿な私を見て笑ってたんでしょう」
「違う。この結婚は本当に突然で」
「どうして黙ってたの」
桜は優しくて綺麗な自慢の姉だ。三つ違いの私たちは小さい頃から姉妹仲も良く、そんな桜の結婚を本当なら心の底から喜んで祝福しているはずだった。
その相手が矢島さんでなければ――。
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