プロローグ

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 彼と出会ったのは私が父の病院で働き始めてすぐのことだ。  某有名医科大学を主席で卒業し将来を有望視される矢島さんは父からの信頼も厚い外科医で、端正な顔立ちからか同僚や患者さんからの人気も高い。私はそんな彼に一目で恋に落ちた。偶然話すようになってからは自然と仲が深まっていき、付き合うまでに時間はかからなかった。  私は厳格な父から厳しく育てられ、習い事も学業も仕事も何もかも敷かれたレールの上を歩く。窮屈に思うこともあったけれど父には逆らえないという暗黙のルールがあり、ずっとそれを受け入れてきた。  そんな父が私たちの関係を知ると結婚を薦めてきたほどの相手で、唯一私の意思を認めてくれた。  私はそれだけでも嬉しく、当たり前のように結婚すると思っていた。 「晴日頼むから。このまま戻って式に出席してほしい」 「嫌よ、どこに恋人の結婚式に出る女がいるの。私は帰るから」 すると、彼は呆れたようにため息をつく。 「俺はどんなに恨まれても仕方ないことしたと思ってる。でも晴日がそんなことするはずない。これは大好きなお姉さんの……桜さんの結婚式だから。出ないなんてありえないだろう」  その瞬間、頭に上っていた血がサーッと引いていくのが分かった。  見透かされているようで悔しい。  桜の悲しそうな顔がちらつき何も言えない自分がいた。生きづらかったあの家で桜だけがずっと私の癒しで唯一の味方だったから。  桜だけは傷つけられない。 「分かった」  私はそれだけ言い残し、彼と目も合わせずに黙ってその場を立ち去る。  これは桜のためだと自分に言い聞かせながら、いろんな気持ちをぎゅっと堪え平常心を保とうと必死に気持ちを押し殺した。
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