水溶液にとける夏

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 片思いと両想いの間に、明確な境目などない。私は晴太の恋人になっても、晴太への好きは募るばかりだったし、いつもどこか不安だった。晴太が他のクラスの女子と話している姿を見ると、胸がざわざわした。同じ空間で授業を受けることができる晴太のクラスメートを、じりじりと焦がされるような思いで見つめた。  晴太は部活が忙しかったので、会えるのは、いつも昼休みの時間だけだった。図書室で勉強したり、晴れた日には屋上に上がって購買で買ったパンや弁当を一緒に食べた。土日に遊べる時間はなかったが、私は一分一秒でも晴太と同じ空気を吸えるだけで幸せだった。  晴太を好きになればなるほど、私はある衝動に駆られるようになった。晴太をもっと独占したい。晴太を私だけのものに、したい。自分の中に、こんなにも利己的で理不尽な感情があることが、おぞましかった。晴太ががしがしと頭をかいたときに、晴太の手のひらに触れる髪の毛の一本一本でさえ愛しかった。晴太が部活で使うタオルや、スポーツドリンクを入れたボストンバッグを背負うときに、浮かび上がる右腕の内側の血管から目が離せなかった。晴太をかたちづくる細胞の一つ一つが素晴らしいものに感じて、いつかそれらが朽ち果てる運命にあることを呪った。  鈴虫が鳴き始めて稲の香りが濃くなったころ、たまたま晴太の部活が休みになった。そんなチャンスはめったにないので、大雨が降りしきる中、私たちは初めて放課後一緒に出かけることになった。高校の最寄り駅から六十分に一本出ている小さな緑色の巡回バスに乗り、二十五分かけて、田んぼのど真ん中にあるショッピングモールに向かった。  三階建てのショッピングモールには、雑貨屋やアパレルショップが立ち並んでおり、私たちはただひたすらにあてもなくぶらぶらした。歩いている途中で、晴太が、あ、ちょっとスパイクが見たいと言えばムラサキスポーツに寄った。そして、私が気になる本があると言えば本屋に行き、晴太はスポーツ雑誌を、私は生物学について書かれた本を立ち読みした。お腹がすいたので、夜ご飯はそのままフードコートで食べようということになった。だだっ広いフードコートを奥に進んだ窓際の席に座り、晴太は石焼きビビンバを、私は野菜のたっぷりのった長崎ちゃんぽんを食べた。大雨の平日だからか、人影はまばらだった。 「雨はやだけど、桐とぶらぶらするのは楽しーな」  晴太は店内をぐるりと見まわした後、アクリルコップに入れて持ってきた水を飲んでつぶやいた。 「だね」  私は適当に相づちを打ちながら、前から聞きたかったことをいつ聞こうかとタイミングを探っていた。晴太と時間を気にせずに話すチャンスなど、めったにない。メッセージアプリでおはよ、とかおやすみ、とかたわいもない会話をしているときではなく、晴太に直接聞いてみたいことがあった。
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