水溶液にとける夏

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             *  指、人差し指。  私は今日も、晴太の人差し指を見ている。  クーラーで冷え切った図書室で、私たちは高校生最後の夏を迎えようとしていた。 「やっぱさ、もう夏だから海に行こうよ」  みーんみんと、セミが鳴く。今しかなけない、セミがなく。 「おう、かき氷も食いてえ」  晴太の気持ちを百パーセントわかることなど、私にはできない。  自分以外の相手の気持ちをすべてわかろうなんて、そんなの、思い上がりもいいとこだ。 「じゃあ、私ブルーハワイにする。晴太はいちごが好きでしょ」 「そんときは、桐のブルーハワイも一口ちょうだい」 「いいよ。ぜーんぶあげる」  私は、もう一生見ることができないかもしれない、今この瞬間の晴太を見つめる。十七歳の晴太を、見つめている。  晴太が今何を思っているか。私のことをどれくらい好きか。その好きの程度にはどれくらいの差があるのか。そんなの、わからない。人を好きになるって苦しい。泣きたくなるくらいに、苦しい。 「じゃあ、半分こな」  わからなくても、それでも晴太が好きだ。それだけは、確かだ。 「晴太、世界でいちばん、大好きだよ」  私は今日も、今この瞬間の晴太に、愛を捧げる。
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