第1話(1)何かがおかしい

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第1話(1)何かがおかしい

『ケース1:Dランク異世界でのまったりとしたスローライフを希望するCランク勇者ショー=ロークの場合』 「……はい、こちら転生者派遣センターのアヤコ=ダテニです……」 「っざけんな‼ 話が違うだろうが!」  俺は脳内での会話相手に思いっ切り怒鳴りつけていた。どうしてこのような状況になったのか、時を少しばかり戻すとしよう。  ……おかしい、明らかにおかしい、どう考えてみてもおかしい……正直あまりにもおかしいところだらけで突っ込みが追い付かないのだが……この俺、経験豊富なCランク勇者、ショー=ロークが置かれているこの状況を出来る限り冷静に分析しようじゃないか。  まず空だ……どうしてこんなにも暗い。昼という概念が無いのか、そんなはずは無い。光は黒々とした雲の隙間から、ほんの僅かではあるが、地面を照らしている。にもかかわらずだ、風が吹きすさぶわけでもない、気流の流れみたいなものは……俺にはよく分からないが、こんなにも光が照らさない、明るさに乏しい空間があるものなのか?  次に建物だ、どうやら森の中で小さな集落を形成していたらしい。壁や屋根に煉瓦をふんだんに用いたさほど大きくはないがそれでもなかなか立派な家々がそこには立ち並んでいる……はずだった。しかし、その家々の姿はもはや見られない。家も店も建物という建物が軒並み破壊し尽されている。これは大嵐や地震などの天災によるものではない。明らかに何者かの手によるものである。  そして、人々だ。いや、正確に言えば人ではないのかもしれない。この集落だった所に互いに身を寄せ合っているのは、尖った長い耳が特徴的な人間に似た種族、『エルフ』だ。彼らは美男美女、やせ形、色白、金髪碧眼、美しく整った長髪などの身体的特徴を持っていることが多い。この世界でもそのようだが、様子がおかしい。美形揃いではあるが、どう見ても老人と子供のエルフしかいない。残った数十人のエルフたちはこの集落で二番目に大きい建物と三番目に大きい建物に分かれて隠れてじっと息を潜めている。その二つの建物も暴威に曝されて、ほとんど壊されているのだが、地下に部屋があった為皆そこに逃げ込んだ。エルフたちは元々やせ形の体をさらにやせ細らせて、震えている。元々透き通るほど美しかったであろう白い肌もすっかり青白くなり、その整った顔立ちは恐怖で歪んでいて見る影もない。 「えっと……」  俺は後頭部を掻きながら、出来る限りの現状把握をして、自分の現れた部屋に一旦戻ってくる。二つの地下室の更に下にある大きな地下室だ。双方の地下室と繋がっていて、どちらからでも入ることが出来る。 「……宜しいですかな?」  フードを目深に被り、立派な白髭をたくわえた、やや腰の曲がったエルフが口を開く。その醸し出す雰囲気、周囲のエルフの敬うような態度からみても、この集落の長なのだろう。俺は答える。 「あ、ああ、失礼、続きをどうぞ……」 「貴方様は―――」 「『我々が召喚の儀式を行って、この地にお呼び立てしたのです。何分突然のことで戸惑われておられるでしょうが……お願いします、勇者様。どうぞ勇者様の智勇を以って我々を、この荒廃した世界をお救い下さい……』」 「⁉」  自らの言わんとした台詞を先に俺に言われたことに長は面食らったようだ。エルフは長寿の種族だ。この長も俺なんかが想像もつかないほど長生きしているはずだ。それでもこれまでそんな経験は無かったのだろう。フードから覗く目は驚きに満ちている。俺は下の石畳に描かれた魔方陣に目をやる。 「ふむ、召喚されて魔方陣からスタートっていうのは何度も経験したお決まりのパターンだが……やっぱり何かがおかしいな……」 「あの……?」 「ああ、何でもない、こちらの話です」  俺は首を振って、にこやかな笑顔で長に答える。物腰は柔らかく、初対面との相手との会話は丁寧に。未知なる世界で過ごす最低限のマナーのようなものだ。 「そ、そうですか……どうやらご自身の置かれている立場に関しては理解されているご様子ですので、単刀直入に申しあげますが―――」 「『この集落を脅かす悪しきモンスターを討伐して頂きたいのです』」 「⁉」  またも自らが口にしようとした台詞を俺に先に言われて、驚いたようだ。少し俺を見つめる視線に恐れを含んだようなものを感じる。少し調子に乗ってやり過ぎたか。俺は周りを見渡しつつ話題を変える。 「この集落はお年寄りや子供ばかりの様ですが……青年の方々は居られないのですか?」 「若い者はほぼ全員男女問わず、近隣の他種族の住む町村に出稼ぎに行っております」 「出稼ぎ?」 「まあ、出稼ぎとは物の言い様で、本来の目的は世間を知り、個々の見聞を広めることですな。我々エルフはどうも浮世離れしてしまいがちですので……お金を得るのはさして重要な問題ではありません。勿論お金があるに越したことはありませんが」  長は少し笑みを浮かべる。 「……弓矢の腕が立つ男は傭兵として戦に臨み、力自慢の男は土木建築を行い、音楽が得意な女は楽器の演奏で皆の心を癒し、魔法の心得のある女は医者の補助をして、また男女問わず働き者は農作業に精を出し、なにかと気の付く者は商人の手伝いをし、知恵のある者は教鞭を取るなど各々様々なことをして、経験を積んでおります」 「成程……若いエルフが出払ってしまっている所をモンスターに襲われたと……」 「はい……まさかこんなことになるとは、迂闊だったとしか……」  長は再び暗い面持ちになる。 「助けは呼んだのですか?」 「もちろんです。ただ、近隣の町村にいると言っても、ここから歩いて一週間はかかる場所におります。馬を飛ばしても、数日はかかるでしょう。正直そこまで持つか……」 「皆で逃げるというのは?」 「足腰の弱った者が多いのです。馬も可哀想にほとんど殺されてしまいました。幸いにも二頭残っておりますが、これは最終手段です。本音を申せば、長く住み着いたこの土地を捨てるということはしたくはありません。ご先祖様に顔向けできませんので……」 「成程、事情は概ね理解しました」  俺は頷く。長は顔を上げる。 「おおっ! それでは……」 「モンスター討伐、お引き受けしましょう。モンスターは今どこに?」 「ありがとうございます! 我々年寄りの魔法により聖堂の中に閉じ込めております」 「聖堂ですか……」  俺は先程地上に少し顔を出したときに目についた、この集落で一番大きな建物の姿を思い出す。長は不甲斐ないというように首を振る。 「ただ我々の衰えた魔力では、後ほんの僅かな時しか、奴を閉じ込めておけません……」 「猶予は残されていないということですね、分かりました」 「おお……一切の躊躇いなく向かって下さるのですね。流石は勇者様!」
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