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第7話(1)まさかの遭遇
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「く、こ、ここは……?」
目が覚めた俺は砂浜にうつ伏せになって倒れていた。口の中に入った砂をペッペと吐き出しながら、俺はゆっくりと起き上がり、自身の現状を確認する。まずは自分の体だ。体には目立った外傷はみられない。激しい痛みもない。五体満足だ。
続いて服装を確認する。体についた砂をパッパと落としながら、自分の服を見る。この世界に転生した際と同じ装備である。辺りを見回してみると、ドワーフの里で鋳造してもらった剣が転がっている。俺は歩み寄ってそれを拾い、鞘に納める。
次は場所だ。砂浜に立っている。目の前には海が広がっている。この世界に来てからは初めてまともに海を見たので、海水浴の一つでも楽しみたいところだが、生憎そういうわけにもいかない。
何故こんな所にいるのか?俺は記憶の糸を手繰り寄せるまでもなく思い出す。古代神殿の前で、復活してしまった魔王ザシンと相対したのだ。ザシンに斬り掛かるも、あっけなく弾き飛ばされ、ザシンの放った黒い球体が自分たちに向かって飛んできたところまでは覚えている。しかし、その後は?
「……装備が変わっていないということは、生き延びたということか?」
俺は顎をさすりながら一人呟く。転生者として、最悪の結末を迎えてしまったわけでは無さそうである。だが、どうやってあの攻撃を回避したのであろうか。俺は考えられる中でもっとも可能性が高い考えをブツブツと呟く。
「……あの時メラヌが何かを叫んでいるのがわずかながら視界に入った。魔女である彼女が魔法を使ったのか? どんな魔法だ、転移魔法のようなものか?」
俺はその場で腕を組み、頭を捻る。この世界の魔法に精通しているわけでもないので、これ以上はこのことについてあれこれ考えてみても致し方ない。とにかく九死に一生を得たのは紛れもない事実だ。そう思うと緊張がゆるんだのか、力が抜けて、俺は砂浜に腰を下ろした。正直ゆっくりしている場合でもないのだが、流石に一息つきたくなった。俺は仰向けに倒れ込み、暗い空をぼおっと眺めながら、アヤコとのやり取りを思い出す。
♢
「ご承知のことかとは思いますが、よっぽどのアクシデントでもない限りは、こちら側からそれぞれの世界に干渉することは出来ません」
「それは何度も聞いたが……よっぽどのアクシデントというのは具体的にはなんだ?」
「色々とありますが、例えば体を満足に動かせなくなったり……とかですね」
「怪我や病気などでか?」
「そうなりますね」
「逆に言えば体が満足に動く限りは各々でなんとかしてみせろってことか」
「少々乱暴な言い方ですがそうです。罪を犯して牢屋に囚われても、悪徳商人に騙され奴隷扱いになっても、己の力で打破してもらいます」
「例えが随分と不穏だな」
「これでもわりとマイルドにお話ししていますが?」
「それでマイルドか……」
「……とにかく、自分の持つ力、技能、頭脳といった、持てる全てを駆使して、置かれた状況を切り抜けて下さい」
♢
そんなやり取りを思い出しながらも、一応俺は心の中で『ポーズ』と唱え、次いで『ヘルプ』と唱えてみる。だが、転生者派遣センターには繋がらない。こういうことは初めてのような気がする。なにか異常でも発生したのであろうか、それとも今現在のこの状況はいわゆる『よっぽどのアクシデント』には該当しないのか。
「……う~む」
俺は後頭部をポリポリと掻きながら半身を起こす。生憎というか、幸いというか、体は動く。自分の力でどうにかするしかあるまい。俺は再び立ち上がって、空を見上げる。空は魔王ザシンの復活の影響か、暗雲に包まれていて、光がほとんど射さない。昼か夜かも判断出来ない。日が昇っていれば方角などが分かるのだが。まあ、例え方角が分かった所で、この世界の地理に疎いので、あまり意味もないかもしれないが。俺はため息をついて俯く。スティラが持っていた地図にもっと入念に目を通しておくべきだったか。
「……ならば星はどうだ?」
俺は再び空を見上げる。暗雲に覆われて、星一つ見えない。もっとも、この世界の天体事情にも疎いので、場所の特定には至らない。旅の途中で、スティラが色々説明してくれていたのだが……もっとちゃんと聞いておくべきだったか。俺はまた俯く。
「いや、俯いてばかりはいられないな」
俺は立ち上がり、周囲を見渡す。改めて考える。ここはどこだ?島なのかそれとも海岸沿いなのか?そして誰か近くにいないのか?確認するべきである。その誰かが、パーティーメンバーだったら言うことは無いのだが。俺は自分に言い聞かせる。
「俺が無事だったということは、他の皆も無事なはずだ、きっとそうに違いない!」
とりあえず俺は海岸に背を向け、生い茂った森の中に入る。しばらくの間、砂浜にじっとしているという手もあったが、暗雲がいつ晴れるのかも分からない。とりあえず行動を起こしてみることにした。
「……とは言っても暗い森を進むのは悪手だったか? しかし、時間が惜しいのも事実。集落でもあれば良いのだが……」
俺は不安を和らげるように、ブツブツと呟きながら森を歩く。歩きながらふと気が付く。完璧に整備されているわけではないが道がある。砂浜への通行に使っているのではないか。ということはこの先に集落か村がある可能性が高い。俺は自然と早歩きになる。この心細さを早くどうにかしたかったからだ。
「⁉ どわっ⁉」
俺は折れた木の枝か何かを踏んだかと思った次の瞬間、木に逆さ吊りの状態になっていた。間抜けなことにトラップに引っかかったようだ。声が聞こえてくる。
「かかったぞ!」
「……って、こいつ人間じゃないか。なんでこんなところに?」
俺は声のする方に首を向ける。そこには数匹の小柄なゴブリンがいた。なんてこった、奴らの仕掛けた罠に引っかかってしまったのか。ゴブリンたちは話し込む。
「今日は妙なのばかり引っかかるな……どうする?」
「とりあえず連れていこう」
木から降ろされた俺に抵抗する間も与えず、ゴブリンたちは手際よく俺を縛り、運び始める。下手に刺激してはマズいと思った俺はとりあえず大人しく身を任せることにした。単純な罠に引っかかってしまった自分自身に呆れてしまったというのもあるが。
「ぐふっ!」
しばらくして、ゴブリンの村と思われる場所に連れて来られた俺は、縛られた状態のまま、ある所に乱暴に投げ込まれた。極めて簡素な造りだが、どうやら牢屋のようだ。ゴブリンたちが話す。
「連れてきたは良いがどうする?」
「食べるのか? 人間って美味いのか?」
「食ったことないから分からん」
「じゃあ、売るのか?」
「よく分からんがこんな貧相な体格の男なら大して値がつかないんじゃないか?」
何やら色々な意味で聞き捨てならない会話をしている。俺は今更ながら焦る。
「ここで話していても仕方がない。村長の判断を仰ごう」
ゴブリンたちが見張りを一匹残して、その場を去る。俺はわずかではあるが落ち着きを取り戻す。冷静な奴もいるようだし、村長という偉い立場の者もいるようだ。どうやら野蛮な種族ではないらしい。だが、置かれた状況は決して芳しくはない。俺はとにかく縄をほどこうと芋虫のように体を動かしてもがくが、縄はかなりきつく縛られており、ほどくことが出来ない。これではなにかあっても咄嗟に動くことが出来ない。しかも剣や盾を取り上げられてしまっている。こんな時に何をやっているんだ俺は。
「くそ!」
自分に苛立った俺は両足をバタバタとさせる。
「うるさい……」
不意に女の声が聞こえる。この牢屋に他に囚われている者がいたようだ。俺は声のする方に視線を向けて驚く。
「お前は……アリン⁉」
「そうだけど……貴方誰だっけ?」
「⁉」
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