第12話(4)乱闘の末に……

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第12話(4)乱闘の末に……

「俺たちはこの北の塔担当か……」  ルッカさんが塔を見上げて呟きます。エイスさんが眼鏡の蔓を触りながら口を開きます。 「各地点からの情報によると、障壁魔法で覆われており、外からの破壊は困難だそうですね」 「じゃあ正面突破しかないってことだね、分かりやすくていいや」 「ふっ、頼もしいね……」  ブリッツの言葉にシルヴァンさんが笑います。リリアンがわたくしに語りかけてきます。 「ティエラさん、準備はよろしいでしょうか?」 「ええ、大丈夫です」  ルッカさんが声をかけます。 「よっしゃ、行くか! ビビッてねえよな、お前ら?」 「そういう自分はどうなのさ、なんだか震えていない?」 「こりゃあ武者震いってやつだ!」 「震えているのは認めるんだ……」 「やめろブリッツ、無駄口を叩くな……モチベーションの上げ方は人それぞれだ……」 「おっ、なかなか上手いフォローをするもんだね」  エイスさんの呟きにシルヴァンさんは笑みを浮かべます。 「おっと……ちょうど今、『悪役令嬢』、『覆面と兄弟』の二チームが塔に入っていくところに間に合いました……頑張って下さい……」  リポーターのマールさんが拡声器でわたくしたちの行動を実況しています。 「彼女たちも各地の情報伝達を担ってくれている……」 「期待には応えたいところですね」  シルヴァンさんの言葉にエイスさんが頷きます。 「応援されていますよ、悪役令嬢さん」 「あなたもね、覆面さん」  リリアンの冗談めかした言葉にわたくしも冗談で答えます。 「おっしゃあ! 突入だ! む⁉」  ルッカさんが扉を蹴破り、塔に入ると、内部には多くの黒い人影がひしめいています。 「人の生命力を吸収したことによって出来上がった黒い影たち……ハサンさんからの情報によると、この塔の警備兵のようなものだそうです」  リリアンが冷静に説明します。ブリッツが問います。 「リリアン姉ちゃん、倒しても良いんだよね?」 「ええ、問題ありません」 「よし! 『稲妻波濤』!」  ブリッツが一度飛び上がってかかとで力強く地面を踏み付けると、稲妻の波が地面を四方八方と駆け抜けます。それを喰らった影は霧消していきます。 「おらあ! 『火殴』!」 「それ! 『枝伸ばす』!」 「はっ! 『氷突』!」  ルッカさん、シルヴァンさん、エイスさんもそれぞれ技を繰り出し、影を吹き飛ばします。 「……ふむ、この階層は片付きましたね、上の階層に向かうとしましょう」  リリアンがわたくしたちを促して、六人で階段を上っていきます。そして、いくつかの階層を経て、数多の影を撃波し、一番上の階層にまでたどり着いてルッカさんが呟きます。 「ここが最上階か?」 「こ、ここまで来たぞ⁉」 「!」  わたくしたちは声のした方に目をやると、狼狽するイフテラム卿の姿がありました。 「父上……」 「ど、どうするのだ! カシム⁉」 「そう慌てるな……」  カシムと呼ばれたやや小柄な黒いローブを羽織ったご老人はゆっくりとこちらに向かって歩いてこられます。 「え⁉」  そのご老人の顔を見てわたくしたちは驚きます。肌の色は浅黒く、ちょび髭を生やしており、ハサンさんに瓜二つだったからです。 「どうした? 私の顔に何かついているか?」 「ハ、ハサンさん……?」 「ああ、あれは私の双子の兄だ」 「ふ、双子……?」 「そういえば四戦士を退けたのだったな……だが連中は所詮八闘士にもなれない程程の器……私たちとは格が違う。特に古の八闘士筆頭の私、カシムとはな」 「八闘士筆頭⁉」 「ふっ、恐れ入ったか?」 「他の八闘士を存じ上げませんので、いまひとつピンときませんが……」 「……」  場に静寂が流れます。リリアンが慌てて小声で囁いてきます。 「ティ、ティエラさん、そこは一応驚かないと……」 「しかし、比較対象がありませんので……」 「振りだけでも構いませんから」 「そうですか……な、なんですって! あの七人を凌駕する力を⁉」 「わざとらしい台詞はいらん!」  カシムさんが声を荒げます。無駄に怒らせてしまったようです。 「カ、カシム……」 「卿は下がっておられよ……すぐに片付ける」 「あ、ああ……」  カシムさんの言葉に従い、イフテラム卿は後方に下がります。ルッカさんが口を開きます。 「すぐに片付けるだと? 言ってくれんじゃねえか……六対一だぞ?」 「六十人でも六百人でも貴様ら程度では同じことだ」 「面白え! 喰らえ! 『火殴』!」  ルッカさんがカシムさんに殴りかかります。 「ふん……!」 「どわっ⁉」  カシムさんが手をかざすと風が吹き、ルッカさんが体勢を崩してしまいます。 「そのような大振りな技が当たるとでも思っているのか?」 「ちっ、『火蹴……』」  ルッカさんが今度は左足を大きく振り上げます。カシムさんがため息をつきます。 「馬鹿の一つ覚えか……」 「『……夏』!」 「む⁉」  ルッカさんが左足で蹴ると見せかけて、小さなモーションから右足の連撃を放ちます。意外な攻撃を喰らい、今度はカシムさんが体勢を崩します。ブリッツが叫びます。 「ナイスだ、赤髪兄ちゃん! 行くぜ! 『雷迅雷電双脚』!」 「ぐっ⁉」  勢いよく飛び込んだブリッツが右脚と左脚を素早く交互に振ります。どちらの脚もカシムさんの体に当たり、カシムさんがよろめきます。ルッカさんが声を上げます。 「よっしゃあ! とどめだ!」 「調子に乗るな! 『旋風』!」 「のわっ⁉」 「うわっ⁉」  カシムさんが腕を強く振るうと先ほどよりも強い風が吹き、ルッカさんとブリッツの体が浮き上がり、地面に激しく叩き付けられます。 「『蔦生える』!」 「ぬ⁉」  シルヴァンさんが生やした蔦がカシムさんの両腕に絡みつき、その動きを封じます。 「今だ! 眼鏡のお兄さん!」 「『氷突』!」  エイスさんが氷の尖った棒を発生させ、カシムさんに向かって突っ込みます。 「小賢しい! 『大嵐』!」 「おわっ⁉」 「ぐわっ⁉」  カシムさんが右脚を振り上げると、大きな風が吹き、エイスさんが飛ばされ、シルヴァンさんの体に激突し、二人とも倒れ込みます。カシムさんが切れた蔦を取って呟きます。 「その程度の連携でどうにかなると思ったのか?」 「よ、四人があっという間に……」 「思ったよりはやる様だったが、流石に年季が違うというものだ……さて、残るはご令嬢二人か……大人しく退いてはくれないか?」 「そ、そういう訳には参りません!」 「ふう……仕方がないな、少し痛い目を見てもらうしかないか……」  わたくしの言葉にカシムさんは構えを取ります。リリアンが声を上げます。 「ハサンさんと同じ風魔法と武術を組み合わせた攻撃をしてきます! 気を付けて!」 「あんな出来の悪い兄と一緒にされては困るな……」 「なっ⁉ くっ!」  カシムさんが一瞬でリリアンの懐に入ります。リリアンが反射的に拳を振るいます。 「遅いな!」 「がはっ……!」  カシムさんの拳がリリアンの腹部に入り、リリアンがうずくまってしまいます。 「くっ、『土制覇』!」 「ほう、そういう技か……『竜巻』!」 「なっ⁉」  カシムさんが頭を振ると小規模ですが竜巻が発生し、わたくしの放った衝撃波を打ち消してしまいます。竜巻はそのまま、わたくしの方に向かってきます。 「躱せまい!」 「『怒土百々』!」  わたくしは地面を砕き、土塊をいくつか浮かび上がらせて竜巻に当てて、竜巻の進行方向を逸らします。カシムさんが笑います。 「ほう、まさかそのような防ぎ方をするとは……竜巻が小規模過ぎたかな? しかし、大きな竜巻を起こすにはそれだけ頭を大きく振るわないとならない。髪のセットが乱れるので嫌なのだがな……」  カシムさんは余裕たっぷりに頭を撫でてみせます。イフテラム卿が叫びます。 「カシム! さっさと終わらせろ! リリアンはともかく、そいつは始末しても構わん!」 「……ご要望とあらばいよいよ仕方が無いか、どこまで本心なのかは分からんが……」  カシムさんが再び構えを取ります。わたくしも集中を高めます。 「……!」 「はっ!」 「おおっと⁉」  カシムさんが一瞬で間合いを詰めてきて、わたくしの首元に手刀を放ってきましたが、紙一重のところで躱すことが出来ました。カシムさんが少し驚きます。 「躱した⁉ まぐれか!」 「殺気を感じたのです!」 「気配を察しただと⁉ たかが令嬢にそんな芸当が出来るわけないだろう!」 「たかが令嬢ではなく、『悪役令嬢』ですわ! ごめんあそばせ!」  わたくしは勢いよくお辞儀をしてカシムさんの顔に頭突きをかまします。 「ぐはっ⁉」  カシムさんが鼻を抑えて後ずさりします。その隙にわたくしは乱れた呼吸を整えます。 「はあ……はあ……」 「ぐっ、鼻が折れた……」  フラグどころかとうとうご老人の鼻の骨まで折ってしまいました。罪悪感に囚われそうになりますが、今はそんなことを考えている場合ではありません。 「お覚悟!」 「ちっ! 『威風』!」 「むう!」  わたくしが飛びかかろうとしたところ、カシムさんが腕を左右に強く振り、いくつもの風を巻き起こします。わたくしとカシムさんの間に風の壁が出来上がります。 「これで近づけまい!」 「くっ……」  確かにこれでは迂闊に近づくと風に巻き込まれてしまいます。まさに今数少ない勝機が訪れていることをなんとなく察しているわたくしですが、逡巡してしまいます。 「ティエラさん!」 「リリアン⁉」  わたくしが振り返ると、リリアンが立ち上がっていました。リリアンが構えます。 「その風の防壁を破るには昨夜わたくしとの手合わせで見せたあの技しかありません!」 「え⁉ あ、あれは技というか、偶然の産物というか……」 「参ります!」 「ちょ、ちょっと待って!」 「待ちません! 『水龍』!」  リリアンがわたくしに向かって水の衝撃波を放ちます。カシムさんが驚きます。 「み、味方に技を⁉ どういうつもりだ⁉」 「こういうつもりですわ!」  わたくしはリリアンの放った水流の勢いに身を任せ、風の壁に突っ込み、突き破ります。 「な、何だと⁉」 「土は水で固くなるもの! 日々の畑仕事で得た知識ですわ!」 「嘘を吐け! 偶然の産物とか言っていただろう⁉」 「あーあー! 聞こえませんわ! 『土制覇』!」 「ぐおおっ⁉」  壁を破り、カシムさんとの間合いを一瞬で詰めたわたくしはほぼ零距離で『土制覇』を放ちます。カシムさんは吹き飛び、後方にいたイフテラム卿と激突し、倒れ込みます。 「や、やった……?」 「おのれ……」 「え⁉」  イフテラム卿の体から大きな黒い人影が飛び出します。影は重々しい声で話します。 「計画成就まで後少しであったのに……よくも邪魔をしてくれたな……ガーニ家の娘め……貴様がここまでやるとは想定外だ。貴様、何者だ?」  何者ってそれはこちらの台詞の様な気もしますが、わたくしははっきりと答えます。 「わたくしはガーニ家のご令嬢の姿をお借りした……何の変哲もない平凡な悪役令嬢志望の転生者、ティエラですわ!」 「て、転生者だと⁉」  影の方が激しく動揺されます。 「あ、あの……悪役令嬢の方は……」 「それは大したものではない!」  あ、そうなのですか……わたくしは少し黙り込んでしまいます。 「……え、えっと……」 「転生者がこの地方に現れるとは大きな誤算であった!」 「それは申し訳ありませんね……わたくしもこちらに伺うつもりはなかったのですが……」 「計画を練り直さなければならない! この場は逃げる!」 「ティエラさん!」  リリアンの言葉にわたくしはようやくハッとします。この巨大な影をこのまま逃してしまってはマズい、そんな気分がします。わたくしとリリアンが技を繰り出します。 「『土制覇』!」 「『水龍』!」 「しつこいわ! 現在、大陸の中央部で大きな動きがある。近々大戦に発展するだろうと予想される。このムスタファ首長国連邦も全くの無関係ではいられない……その為に」 「その為に八本の塔を使って力を蓄える必要があると? 住民に犠牲を強いて? そんな手段はあまりにも強引過ぎます! この国を愛する者の一人としてその計画は絶対に阻止してみせます! って、ティエラさん⁉」 「え! なっ⁉ こ、これは⁉ ―――!」  その時わたくしの右手の甲に茶色の紋章が浮かび上がります。考えるよりも先に勝手に体が動いたわたくしは黒い巨大な影の前に進み、叫びます。 「『真・土制覇』‼」  今までより一際大きな衝撃波が発生し、巨大な人影を半分ほど吹き飛ばしました。 「くっ……いずれ見ておれよ!」  黒の影が姿を消すと、気を失って倒れるカシムさんとイフテラム卿の姿が残っています。 「どうやら完全には倒せなかったようですわね……」 「とはいえ、黒幕を暴くことが出来たことをまずは喜びましょう」 「イフテラム卿は?」 「憑き物が落ちたような表情をしていらっしゃいます。恐らく近頃の暴走もあの黒い影に操られて……とは言っても、罪が赦されるわけではありませんが……」 「……拡声器の声が聞こえてきますわ……皆さん、各塔の攻略に成功したそうですわ!」  わたくしの言葉にリリアンは安堵の表情を浮かべます。 「良かった……ムスタファの平穏はひとまず守られました……」                   ♢  祝いの祝宴もそこそこにラティウスが話を切り出す。 「……正気に戻ったハサンら四戦士が責任を持って、塔の半分は管理するというのだ」 「それは結構なことだな」  ラティウスの言葉にソウリュウは頷く。ラティウスが苦笑する。 「まるっきり興味が無さそうだね」 「興味を持ったら巻き込まれる。大方、残りの塔の管理者にならないかという話だろう」 「す、するどいね」 「他国の者に頼るな、貴様らで人選を進めればいいだろう、あのガルシアとやらはどうだ?」 「いや、彼は私のボディーガードを務めてもらうことになっている……坊主の彼は?」  ラティウスはフランソワに羽交い絞めにされるゲンシンを指し示す。 「確かに奴は国には戻りづらい事情があるが……」 「塔の管理者と言っても自由は利く。申請してもらえば副業を行ったり、旅行も可能だ」 「じ、自由過ぎないか?」 「……俺が管理者になろう。塔の雰囲気が気に入った。あの塔で己を見つめ直したい」 「ちょ、ちょっと待ってよコウ! 食い逃げ代は⁉」  リーファがコウに食ってかかる。コウがにべもなく答える。 「この国からの報酬で十分なはずだ……お前との旅もここまでだな」 「~~! 決めた! この国に支店をオープンするわ! アドラの占いも吉だったし!」 「な、なんでそうなる⁉」 「アンタも私の作った料理を食べたくなったら塔から下りてきなさいよ」 「へへっ、食材の輸入や仕入れに関しては、当家にお任せ頂けないでしょうか?」 「ウンガン……商魂たくましい奴だな」  ソウリュウがリーファに対し揉み手をするウンガンに半分呆れながら感心する。                   ♢ 「八戦士は首都クーゲカの地下牢で厳重に拘束されているってさ。超法規的措置で娑婆に出るっていう噂もあるみたいだけど、他を当たった方が賢明だね」 「ちっ、珍しい賞金首だと思ったのによ……やっぱり他の地域に行くか……」  ムスタファ首長国連邦西方にある港でエドアルドの報告を受けたダビドは頭を抱える。 「東南東の島嶼地域なんかどうかな? 天界三人娘も向かうみたいだよ。って、モニカは?」 「そういや居ねえな。ったく、どこで油売ってやがるんだ……? あ! おい!」  ダビドはすれ違う女性の肩をガシッと掴む。女性は微笑む。 「へえ、この精度の変装に気付くとは流石ね……」 「あまりからかうなよ、フジ姉ちゃん。俺は怒っているんだからな……」 「あら? 何か怒らせるようなことしたかしら?」  フジは首を傾げる。ダビドは声を荒げる。 「何が塔攻略の暁には一夜を共に出来るだ、男の純情を弄びやがって!」 「だからタカもナスビも一緒に一晩過ごしたじゃない? 嘘はついていないわ」 「ふざけんな、何が悲しくていい歳の男女が一晩トランプ三昧なんだよ。何か術使ったな?」 「さあね……でも結構白熱したから良いじゃない、七並べ……あ、これモニカさんからね」  フジは手紙を差し出すと、あっという間にその場の喧騒にまぎれる。 「あ! モニカから? ……なんて書いてんだ? おい、エドアルド……何してんだ?」 「いや、マスカット財閥の次期当主とそのお姉様と保護者の方へ改めてご挨拶をね……」  エドアルドが指し示した先にはソフィアの余りにも多すぎる荷物を持ってやるケビンとその二人を暖かく見守るグラハムの姿がある。 「ああ、今後の為にも顔つなぎは重要か……しかし、家出ってレベルの荷物じゃねえだろう、あの姉弟……って、そうじゃなくて! モニカが解読不可能な手紙残して消えちまった!」 「解読不可能? どれどれ……これは古代文字? これは確かに読めないな……あ! 読めそうな人がいたよ……申し訳ない、この手紙の内容分かるかな?」  エドアルドは人ごみをかき分け、ウヌカルに手紙を渡す。ウヌカルは首を傾げながら読む。 「大体だが……『塔の管理者になる。楽しかった、近くに来たら遊びに来てね』だそうだ」 「あ、ありがとう。だってさ、どうする? 兄さん」 「……まあいい! 船に乗るぞ!」 「わ、分かった。どの船にする? コインを投げて決めるかい?」 「いや、パトラちゃん、ユファンちゃん、オコマチちゃんたちが乗ったあの豪華客船だ!」  ダビドたちは船の方に足早に向かう。ウヌカルは肩に乗るテュロンを撫でながら呟く。 「慌ただしい奴らだな……モンジュウロウ、次はどこに行く?」 「昨夜セリーヌから聞いたのだが、南東の地方に行こうかと……師匠と同じ名前を冠した武芸自慢の風変わりなドワーフがいるそうだ、是非手合わせしてみたいでござる」  モンジュウロウは無精ひげの生えた顎を撫でながら不敵に笑う。                   ♢ 「さて……ここでお別れか、フレディ」  ムズタファ首長国連邦の北東の宿場町でアナスタシアはフレデリックを見上げて告げる。 「無茶を聞いてもらってすまんな。主従関係だというのに」 「大会も終わったんだ、もうそういうのは無しだ。後は自由にしてくれ」 「しかし、塔の管理者になるとは随分と思い切りましたね」  アンナは眼鏡の縁を触りながら呟く。 「待遇も良い、ここの酒も気に入った。飽きたら帰る。巨人の寿命は長い、気楽にやるさ」 「そろそろ出発の時間なので……ありがとうございました、フレデリックさん」 「おう、元気でなアンナ。アナスタシアも落第回避しろよ。無理そうだけど」 「うるせえ、じゃあな……」  アナスタシアは挨拶もそこそこに踵を返し、スタスタと歩き出す。アンナが顔を覗き込む。 「ナーシャ、泣いているの?」 「な、泣いてにゃんかぬえよ!」  涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔でアナスタシアは強がる。 「HAHAHA! キュートな顔が台無しだぜ! レッドポイントガール!」  ディーデイーがハンカチを差し出してくる。アナスタシアが礼を言う。 「す、すまねえ……って、なんでアンタがここにいんだよ!」 「俺も同じ馬車に乗るんでね、ブラザーもシスターも一緒だ。フィーバーして行こうぜ!」  サムズアップするディーデイーの脇からゴメスとワンダも顔を出す。 「俺らは国境付近までだが……やかましい旅になりそうだぜ」  いつの間にかアナスタシアの隣にいたシバが呆れ気味に呟き、ニサが頷く。 「ア、アンタらも北東方面に行くのか? 何の為に?」 「偉いさんとの会議の前にあの辺の密猟の実態調査だ。アルフォンは飛んで先行している」 「い、意外と真面目なんだな……」  アナスタシアが感心する。待ち構えていたシャーロットが声をかける。 「……私たちも同乗させてもらうわ」 「なんでだよ? 事件かなんか追っているんじゃなかったのか?」 「その事件の関係者が北東の国に潜伏しているという情報を得たわ。怪しいと思ってね」 「……まず怪しいのはあの色男じゃねえの?」  アナスタシアは離れた所でジェーンと話すウィリアンを見て小声で呟く。アンナが制す。 「ナーシャ、それ以上いけない……着いた、これが乗らせてもらうアルバートエレクトロニクス社製の『メタルホースライナー』よ、ロボット馬が通常の三倍の速さで走るそうよ」  銀色の馬をチェックしたヴァレンティナとレイの報告に頷いたマイクが馬車に乗り込む。 「思いっ切り科学に依存しているじゃねえか、あの坊っちゃん……」  アナスタシアは呆れながら風変わりな馬車に歩み寄る。                   ♢ 「リリアン様が塔の管理者に名乗りを上げるとは驚きました……」  メアリが屋敷の庭で畑仕事をするわたくしに語りかけてきます。 「……御父君、イフテラム卿の引き起こした騒乱の責任を取ってでしょう……まあ、比較的自由は利くそうですし、イフテラム卿も何者かに操られていたということで、思ったよりは軽い刑で済んだこともあって、本人はあまり悲観しておりませんでしたが」 「……当家の地位復権、ご主人様の名誉回復は喜ばしいことです」 「お体の具合も良くなってきていますしね……それにしてもじいや?」 「はい? なんでしょうか?」 「これはどういうことかしら?」  わたくしは屋敷の周囲を指差します。立派な屋敷が東西南北に建てられ始めています。 「い、いや、てっきりお嬢様からの許可が出たのかと思いましたが……」 「そんなもの出しておりませんよ!」 「ええっ⁉」 「ええっ⁉じゃなくて! んん⁉」 「ルッカ=ムビラン、まさかこうして近くに住むほど惹きつけられちまうとはな……」 「シルヴァン=アフダル、心をかき立てられてしまったよ、君という存在に……」 「ブリッツ=サタア、目覚めちゃったんだよね~恋に……」 「エイス=サタア、ようやく真実の愛とは何かを悟りました……」 「また一波乱も二波乱もありそうな……」  花束を手に歩み寄ってくる四人の美男に囲まれたわたくしはジャージ姿で天を仰ぎます。                   ♢ 「……というわけです、全く参りましたよ……ん? 聞いていますか?」  わたくしは転生者派遣センターのアヤコさんに連絡を取ります。報告の為です。 「……聞こえていますよ、自慢話……まさか有力貴族の子息四人も侍らせるなんて……」 「侍らせる? そうですね、これではハッピーエンドではなく、ハーレムエンドです……思っていたものと大分違います……」 「いや、結果オーライでしょう! こっちは外れ合コンばかりなのに! 羨ましい!」 「お、落ち着いて……そういえばこっちが大変な時に合コンに行かれていたのですね……」 「紋章は⁉」 「え? あ、ああ、右手の甲に茶色の紋章が浮かんできましたが……」 「それは結構! では、私は忙しいので! 次の方、どうぞ!」 「あ、ちょ、ちょっと待って下さい!」  アヤコさんは会話を打ち切ります。まるで違う声色で話す声が僅かに聞こえます。 「こちら転生者派遣センターです。ご希望の異世界をどうぞ♪」                   ~ケース2 完~
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