第1話(2)チーズ牛丼は好きだけれども

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第1話(2)チーズ牛丼は好きだけれども

「フシュルルル……」  巨大タコの長い足が小舟に絡みついてくる。このままではあっさりと転覆だ。どうする⁉ ちょっとしたパニック状態に陥りそうになった僕はなんとか平静さを保ち、心の中で『ポーズ』と唱えた。時が止まったかのような不思議な状態になる。この力のことをすっかり忘れていたなと思いつつ、続いて僕は『ヘルプ』と唱える。すると、聞き覚えのある女性の声が脳内に響いてくる。 「……はい、こちら転生者派遣センターのアヤコ=ダテニです……」 「これはどういうことなんだ⁉」 「いきなり大声を出されても……何事でしょうか、ユメナム様?」  アヤコさんと名乗った女性が少々うんざりしたような口調で僕に問う。 「今、僕がいるこの世界の事だ! なんだ、チョロチョロとした水は⁉」 「チョロチョロとした水?」 「両手を突き出したら、指先から水がチョロチョロとしか出なかったぞ!」 「宴会芸には良さそうですね」 「ふざけている場合か! パーティー追放後、いきなり巨大ダコと戦闘! 無理ゲーだ!」 「ふむ……」  アヤコさんが考え込む。何かを操作する音が聞こえてくる。恐らく僕との面談の時にも使っていたあの機械端末の出す音だろう。 「これはひょっとしてあれかな? いわゆる負けイベントってやつ?」 「いや、それは無いと思いますが……あ~なるほど……そうですか……」  端末を操作する音が止まり、アヤコさんは自分だけが納得した様子を伺わせる。 「なんだよ?」 「すみません……ユメナム様、貴方のご希望を今一度確認しても宜しいですか?」 「『パーティーを追放されてからチート魔法に目覚めて無双、モテモテハーレムライフを送りたい』だけど……?」 「『パーティーを追放されてからチーズ牛丼食べてそう、エモエモハーレムライフに切り替えていく』ではなく?」 「いや、全然違うじゃん⁉」 「どうしてこうなったのでしょう?」 「こっちの台詞だ! もう巨大ダコはそこまで迫っているんだぞ! 絶体絶命だ!」 「まあ、少し落ち着いて下さい」 「これが落ち着いていられるか! 本当にどうしてこうなったんだよ⁉」  アヤコが端末を操作する音が聞こえる。やや間が空く。 「……原因が分かりました」 「本当か⁉」 「ええ、『パーティー 追放 チート 魔法 無双  モテモテ ハーレムライフ』で検索にかけようとしたところ、『パーティー 追放 チーズ牛丼食べてそう エモエモ ハーレムライフ』と検索してしまったようです」 「なっ⁉」 「どうやら検索ワードの『チート 魔法 無双 』というワードを、間違って『チーズ牛丼食べてそう』と入力してしまったようですね……てへっ」 「てへっ、じゃない! そ、それは完全にそっちのミスじゃないか!」 「詳細の確認を怠ったそちらの落ち度もあるかと思いますが」  アヤコさんが眼鏡をクイッと上げる音が聞こえてくる。 「くっ……キーワードをキーセンテンスに変えるなんてことすると思わないだろう……大体なんだよ、チーズ牛丼食べてそうって?」 「ユメナム様の外見的イメージからです。ネトゲでヒーラーとかもやってそうですよね」 「偏見が酷いな! ……まあ、当たらずも遠からずだが……こんなことになるなんて……」  僕は頭を抱える。 「まさに油断大敵というやつですね」 「なんでちょっと偉そうなの?」 「そのようにお感じになられたのならば申し訳ありません。ただ、ご承知のことかとは思いますが、現状こちらから転生者の方に何か出来るというわけではありませんので」 「どうすれば良いんだ?」 「一番は目標を達成することですね」 「無茶を言わないでくれ、巨大ダコに対して、チョロチョロと水を出すしか出来ないんだぞ? ここで誰もが驚くチート魔法に目覚めるって流れじゃないのか?」 「なんでもそう都合よく物事が運んだら、誰も苦労しません」 「そ、それはそうかもしれないけど……! これでどうしろっていうんだ⁉」 「なんでも考えよう、使いようだと思いますが」 「考えようってなんだよ⁉」 「それはご自分でお考え下さい」 「そ、そんな無茶な……」 「であれば、目標を放棄するということになりますが」 「……死を選べってことか?」 「そうなりますね」 「痛いのも苦しいのも嫌だよ」 「そんなことはこちらの知ったことではありません」  アヤコさんは冷たく言い放つ。 「ぐっ……」 「これもご承知のことかと思いますが、よほどの例外でもない限りは、一度転生した世界を途中で抜け出すことは出来ませんので」 「ううむ……」 「私から言えることはただ一つです」 「え?」 「ご健闘を祈ります」 「いや、そうは言ってもだね!」 「これ以上は時間外業務になりますので……失礼します」 「あ! ちょ、ちょっと待て! ……マジかよ、切りやがった」  僕は途方に暮れる。ここからポーズ状態を解くと、時間は再び動き出す。大海原に浮かぶ小舟で、一人きりで巨大ダコと相対しなければならない。普段使っている魔法は詠唱にとてつもない時間がかかる。唱えているうちに舟は破壊されるだろう。しかし、この水をチョロチョロと出す魔法?は無詠唱、つまりノータイムで放てるようだが、如何せん宴会芸の域を出ていない。大体、海の生物に多少水をかけたところで……。だが、このままジッとしていても事態が好転する訳ではない。僕は深いため息をついた後、心の中で唱える。 (しょうがないな……ポーズ解除) 「フシュルルル!」 「だあ~! 舟が壊される……!」  小舟はあわれ、真ん中から真っ二つになり、船首の部分にしがみついた僕は、海面に対してほぼ直角の位置になる。このままだと海の藻屑だ。どうすれば⁉ 「フシュル‼」 「うわあ~! こっちに触手伸ばしてきた~! ⁉」 「はっ!」  そこに紅色の変わった服装を着た、ポニーテールの女性が妙な剣を持って巨大ダコに斬りかかっていった。女性が剣を横に薙ぐと、巨大ダコの大きな体は真っ二つになった。 「どええっ⁉ ごぼごぼごぼ……」  驚きのあまり、手を船首から離してしまった僕は海に落ちる。自慢じゃないが泳ぎは不得意だ。ただでさえ混乱しているのに、まともに泳げるはずもない。ああ、このままジ・エンドってやつか……。何の為の転生だったのか……。そんなことを考えていると……。 「はっ⁉」 「良かった。気が付いたか」  呼吸を整えて、周りを見回すと、なにやら船尾に機械のようなものがついた小舟の上で僕は寝ており、船首の部分で先ほどのポニーテールの女性が剣の手入れをしている。ポニーテールの女性は艶のある綺麗な黒髪で、顔立ちも凛々しい。細い切れ長の目が印象的だ。 「た、助けてくれたのですか? って、なんだ? 尻の辺りが痛いな……」 「私は泳ぎが不得手な故、これで釣ってみたら釣れた」 「ええっ⁉」  女性が立てかけてある釣り竿を指し示す。わ、わりと適当な救出方法……!
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