補助席で唸る

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補助席で唸る

なぜこんなことになってしまったのだろう。 なぜこんなところに座ってしまったのだろう。 嘘なんてつかなければよかった。 そもそもあれは嘘だったんだろうか。 なぜ俺はあんな嘘をついたのだろうか。 高校1年の一学期、自己紹介でこそ言わなかったが、俺はことあるごとに膝を怪我してなければ中学から野球推薦で有名校に行っていた逸材だった感を出していた。 「中学で部活何やってたの?」 という隣の席の可愛いクラスメイトからの質問に、帰宅部だと答えたら全ての門が閉じてしまう気がして「野球やってた」と適当に嘘をつき、万が一中学の同級生に裏をとられたらまずいと思い「中学の野球部入らずリトルリーグ入ってた」と言ったら「結城君、すご~い。」という恋愛甲子園一回戦の始まりのサイレンが俺の心でこだました。 それからはあれよあれよと嘘に嘘を重ねてしまい、最終的に野球ではあまり聞いたことのない「仲間を守るために膝を大怪我した」という悲劇のエースに自分を仕立て上げていた。 良くも悪くも女の噂ほど怖いものはないと思ったのはそれからだ。 あれよあれよと悲劇のエースの噂はクラス中、そして学園中に広がった。 野球なんて近所の草野球2回しか行ったことないのに、だ。 だが最初は悪くない気分だった。 ウブな高校1年生だ。 皆俺の嘘に気付いていなかったのだろう。 短距離走で走り終わった後、じっと膝を押さえて立ち止まっていた俺を最初は心配してくれたし、うっすら尊敬の眼差しも感じていた。 聞こえるか聞こえないかギリギリの声量で「ちっくしょ…」と下を向いていた俺の物語を皆がこっそり作っていたことも知っている。 今思えばあの時が高校生活で彼女を作る最初にして最後の大チャンスだったのだろう。 なのに、それを俺はスカしてしまった。 その女子達からの憧れの視線に興味をないフリをしてしまった。 なにせ、超高校級の大エースになる予定だった男だ。 たかだか同じクラスの女子の視線などに目を配っている余裕はない。 窓の外を見て「大学ではまた大好きだった野球やれるかな」という視線で枝に止まる小鳥に自分を重ねて酔いしれていた。 周りのクラスメートの恋だの勉強だの行事だの遊びだのの青春事には何も関心がなかった。 俺は自分自身の境遇に皆の視線をロックで割り飲んでいた。 だがおそらく二学期くらいから、俺のほら話に皆が気づき出した。 察しの良さそうな中津川が俺を時折じっと見つめていた。 自分自身に酔いしれていた俺はその視線を勘違いし、また1つ「叶わぬ恋」というシェイクスピアの三大悲劇に勝るとも劣らぬ悲劇の戯曲を初々しい女子に負わしてしまった。 としか思っていなかったが、今思えばあれは俺を疑う目だった。 中津川と親しい山下や海里といったクラスの中間管理職女子からの視線も感じ始めた一学期の後半。 気付けばクラスの女子全員が俺と距離を置きだしている気がした。 そんなときこそ頼りになるのは男友達なんだろうが俺はクラスに誰一人友達といえる男子はいなかった。 俺は休み時間も帰りも、他のクラスの友達と過ごすタイプの男子だった。 三組の枕田という毒にも薬にもならない男とだ。 俺は何をするにも枕田頼みで、枕田のクラスが休み時間移動教室だったとしても俺は枕田を追っかけて理科の実験室まで赴いた。 おそらく幻聴だと思うが、そういうときにはよく「ストーカー」だとか「マネージャー」だとかいう言葉が聴こえてきた。 それでいて自分のクラスの授業中は外の小鳥を見ながらうっとり顔。 必然的にクラスで話しかけてくれる男子はほぼ皆無だった。 だが一人だけ例外がいた。 丘野忠仁。 「結城君、この映画興味ない?」 そいつは突然俺に近付いてきて、スマホの画面を見せてきた。 こいつに同レベルだと思われているのは癪だったが俺は冷静に自分の現在の状況を鑑み、丘野の誘いを受けた。 次の日曜日に約束をしたが、母にスーパーの二階で買ってもらった服しか持っていないことに気付いた俺は、前日の土曜日に仕方なく駅前の服屋に行って服一式を買った。 日曜日、待ち合わせ場所に現れた丘野は俺を見つけるなり 「結城君ってお洒落なんだね。」 と感心したような口ぶりで話しかけてきた。 俺は「そうか?」とまるで2軍の服だけど、という表情で彼を見つめた。 すると丘野は「それ昨日駅前のユニバーサルフェーズの店頭で飾ってるの見たよ。僕もいいなーと思ってたんだ。」 と言い出した。 なぜか恥ずかしくなった俺は「お前の背じゃ似合わねぇんじゃね?」と震える声で皮肉を言った。 「結城君って背高いよね、180cmくらい?」 「183。」 俺は肩で風を感じながら言った。 「へー高いねー。 でも背の高い男の人って、小さい女の人が好きになる人が多いらしいね。」 何をいきなり言い出したんだ、こいつは。 「結城君って君崎さんのこと好きでしょ?」 漫画のように俺の黒目は小さくなり、あの「ギクリ」という効果音が俺の顔面中を駆け巡った。 そうだ、俺は授業中で窓の外の小鳥を見てうっとりしていたが、廊下側の席のショートボブの目の大きな女の子を見てもうっとりしていたのだ。 丘野にバレていたのか。 その後見た映画の内容は何も覚えていない。 たぶんミイラ取りがミイラになったみたいなホラー映画だったと思って丘野の話を聞いていたらどうやら剣と魔法で謎の宗教団体と戦う中世ファンタジーだったらしい。 何の映画を見せられたんだ、俺は。 だがそれからというものの、丘野は学校でも俺にしょっちゅう話しかけてきた。 正直嫌だったが君崎さんという俺の淡心を人質に取られている気がして、あまり無下にもできず話を合わしてしまった。 次第に俺は枕田という唯一無二の親友のところにも行かなくなった。 それがまずかった。 ヴェールに包まれていたガラスのエースが丘野という小さな変人の友達とクラスで認識されてしまったのだ。 俺の格は失墜した。 いつしか俺の野球伝説はハッタリだったというのが定説だという空気が蔓延していた。 そして二学期秋の日帰りクラス旅行。 行きのバスに乗るとき、俺にとって最悪の事件が起きた。 「あら結城さん、大丈夫ですか? 普通の席は狭いので、膝を曲げれないんじゃないですか?ほら、こちらの補助席に座ってはいかがですか?」 クラスの番長的な存在の石山がニヤニヤしながら言ってきた。 相棒の福永、クラスの中心女子の何人かもクスクス笑っている。 俺はあまりの恥ずかしさと屈辱と怒りで我を失いそうになったが失わなかった。 気付けばお行儀よく着席。 バスが出発してからも両隣のどちらの会話にも混じれず時間だけが過ぎていった。 そして今に至る。 知っているだろうか、補助席に長時間座っていると、この歳でも腰が痛い。 景色が見れない。 繰り返すが会話に入れない。 これは俺だからか? そう、補助席には一つもメリットがない。 夢も希望も愛情もない。 あるのは腰の痛みと謎の浮遊感。 なくなる尻の感触。 あれ? 俺は空を飛んでいるのか? 一瞬ピーターパンになった気分になるが、「補助、どいて。」という声がそれを打ち消す。 そう、俺は補助というあだ名がつけられていたのだ。 このバス移動の間に。 その過程の一部始終も聞いていたが、盗み聞きしていたのは情けないと思い、「え?俺のこと?」という顔を一応してしまったのが俺の情けないところだ。 俺をわざわざどかして女子はどこに何をしにいくのだろうかと思っていたら前の席の女子にお菓子を渡しに行っただけだった。 どいた後、座ってしまった俺は、すぐにまた席を立って道を開けた。 俺は何をしているんだ。 考えたくないが、このお菓子渡しブームが来たら俺はずっとこの情けない作業をし続けないといけないのか。 そして案の定、お菓子渡しブームは去らなかった。 頼む。 バスの運転手さんよ。 急いでくれ。 早く着いてくれ。 俺の切実な願いは儚くも散り、目的地に着くまでに俺は計五十二回補助席を立って道を開けた。 一度、お菓子を渡しにいくだけだからすぐ戻ってくるだろうと思い、立ったまま席を折りたたみ客を見送る車屋のディーラーのように待っていると、話が盛り上がったのか前の席から全然女子が帰ってこずに俺は立ったまま待ちぼうけをくらったことがあった。 周りからクスクスと醜い鳥達の声が聴こえてきた。 あのとき、立っていた俺の膝は完全に曲がっていた。 心は渦を巻いていた。 生き恥とはこのことだ。 いや、立ち恥か。 せめて眠れれば全てを忘れられるが、その間に何をされるかわかったもんじゃない。 おでこに「補助」とサインペンで書かれたらもうおしまいだ。 わざわざ、こういうところまでサインペンなんて持ってきてるやつはいないと一瞬期待をしたが、こういうときこそ持ってきているのがやつらなのだ。 そんなリスクを色々と考えると眠ることも喋ることもできず、ひたすらに席の立ち座りをし続けた結果、時間は全く進んでないように感じた。 片道二時間のはずが、俺には半日に感じた。 そんな俺の虚無感とは裏腹に、結局俺達草生高校一年二組のバスは無事目的地のなんちゃら高原に到着した。 もちろん途中で確認していたが、君崎さんはバスのだいぶ前の方にいた。 俺の補助席哀愁劇は見ていないはずだ。 ついでに丘野もこのときばかしは俺に付随することなく前にいた。 間の悪いやつだ。 しかも君崎さんのちょうど後ろの席にいやがった。 君崎さんとほぼ同じ濃度・分量の空気をあいつは吸っていやがった。 不届き者め。 法で裁けぬ極悪人丘野よ。 一方俺は降りる際も皆の邪魔にならないよう、そそくさと先に降りたが石山達はバスガイドのお姉さんの話でもちきりだった。 それを女子が「どうせ彼氏いてるに決まってるじゃん。」と呆れていた。 ゾロゾロとなんちゃら高原の入り口の駐車場に皆が集まりだした。 何待ちかわからないが、とにかくそこで待たされた。 長く感じた。 俺が誰とも喋っていないからだろうか。 遠くでまだ石山達がバスガイドさんのことを話している。 高原のお偉いさんみたいな人と先生が張りぼてみたいな笑顔で喋っている。 「どこいたんだよ〜結城君。」 丘野だ。 「後ろの方の席だよ。 お前隣誰だったんだよ。」 「円谷。」 「あぁ…」 「あいつ、本当喋んないんだよ。 何の話振っても興味なさそうだし、ずっと難しそうな本読んでるかと思ったら、未来のこと考えてますみたいな顔して外の景色見てるから、話しかけるなオーラ満載だし。」 丘野が小声になったので相当気を使っていたことが分かる。 「結城君は?」 「え?」 「結城君の隣の席は?」 「あぁ…花岡だったわ。」 「え!?花岡さん!女子じゃん! え、花岡さんが後から座ってきたの?」 「ん…まぁ、な。」 「それでもう片方の隣は誰だったの?」 「ん?」 「結城君、補助席だったんでしょ?」 こいつ、知っててわざと… 憎らしい奴だ。 「木田。」 「あぁ木田さんね。 二人とも当たりじゃん。 何喋ってたの?」 「ん… 好きなスープの話とか…」 俺はまだ丘野に打ち明けれなかった。 補助席での悪夢を。 そして今後の不安を。 だが一番心配してたことは尋ねずにはいられなかった。 「その、俺が補助席に座ってたってなぜ分かったんだ?」 「なんか後ろの席の女子が前に来るときと帰って行ったとき毎回パタンっていう音がするなと思って一度振り向いたんだよ。そしたら結城君が補助席を折りたたんでホテルマンのような雰囲気で立ってるの見ちゃったんだ。」 見られていたか。 「見てはいけないものみたいに言うなよ。 まぁでも、丘野の席まで俺が補助席座ってる的な言葉が聞こえたわけじゃないんだな?」 「あ、もしかして君崎さんにバレてないか気にしてる?」 「え?君崎さん? 何で急に君崎さんが出てくるんだよ。」 だが俺は図星だという顔を隠しきれなかった。 「大丈夫だよ。後ろの会話は全く聞こえてこなかったから気付いてないと思うよ。 それに黙ってる俺達と違って君崎さんずっと楽しそうに喋ってたし。」   安堵したとともに一抹の不安が俺を襲った。 「え、君崎さんの横誰だった?」 「はい、それでは皆さん無事揃いましたね。 」 肝心なところで学年主任の寺山が喋りだした。 「ここ山仲新緑那須西高原では…」 この高原、そんな名前だったのか。 長ったらしい名前の高原だ。 「で、誰だったんだよ。隣の席。」 「え、誰だったけ。 ほら寺山の話聞かないと、あいつすぐキレるから。」 「話を逸らすな、誰だったんだよ。」 「え、聞かない方がいいと思うよ。」 「それは俺が決める。早く言え。」 「シラトリだよ。」 シラトリだと… 終わった… 学力、ルックス、運動能力、クラスでの立ち位置。全てが上位の男、その名はシラトリ。 気さくだが影もあり、悪グループではないが石山達とも対等に喋ることもできる。 俺が勝っているところなどあるのだろうか。 だがな。 お前の名前が白鳥だったら確かにこれは俺の負けだったろう。 だがお前はシラトリであって白鳥ではない。 白を取ると書いて白取。 付け入る隙はまだある。 さらにお前の名前、アオ。 白取蒼。 果たして名字と名前に1つずつ色が入っている男に君崎さんが惚れるかな? 耳ざわりはいいが、漢字にしたら少し妙な男に。 微かな希望にすがる思いだった俺の周りには、気付けばいつの間にか人が少なくなっていった。 どうやら今から自由時間のようだ。 皆思い思いの場所へ散っていく。 そもそも高原って何するんだ。 自由時間とかいいながらこのなんちゃら高原の敷地内に限るしその敷地内でも行ったら駄目な場所あるとか俺達は籠の中の鳥か?牧場の牛か?砂上の楼閣か?知らんが。 「結城君、お弁当持ってきてるでしょ? あっちの草むらで食べに行こうよ。」 「草むら?高原だろ、一応ここ。」 丘野は風車が見えるところで食べたいという謎の女子力を出してくるので俺は渋々ついていったが内心安堵していた。 こんな広い高原で一人で母親のお弁当を食べるのは気が引ける。 風車の見える角度がどうのこうのとか丘野が言ったおかげで自由時間が十二時から始まって俺達が食べ始めたのは十二時四十分ごろだった。 旅のしおりによると、昼の二時から博物館見学と書いてある。 それでもあと一時間二十分もこいつと過ごさなければいけないが、やはり一人よりはマシだ。 「え、結城くんのお弁当すごっ。 タコさんウインナー入ってるじゃん。 お母さんマメだね〜。」 やはりマシではないかもしれない。 うちの母親はこういう行事事になると謎の張り切りでウインナーをタコにする習性とリンゴをウサギにする習性がある厄介な生き物だ。 一度やめてくれとキツく言ったつもりだがやめてくれない。 父親の喫煙のようなものなのだろうか。 丘野のからかいに対する返答を黙っていると、横を先生達が猛ダッシュで走り過ぎていった。 カモシカのように走る先生、懸命な豚のような先生、ライオンから逃げるインパラのような姿勢の先生、全員が一目散に建物の中に入っていった。 「どうしちゃったんだろう?」 「さぁ?グラビアアイドルの握手会でもあったんじゃねぇの?」 「ふふっ、でも西村先生もいたよ?」 「西村?あぁあいつ、そっちもいける口なんじゃね?」 呑気なことを言っているときに限って、現実は逆の目が出るのである。 自由時間が終わり、また最初の場所に全クラスの生徒が集められると、何やら神妙な面持ちで寺山が喋りだした。 「皆さん、大変残念なことが起こりましたので緊急集会を開かせていただきます。」 神妙な面持ちの寺山。 「本日、殺人事件が起こりました。」 揺れる生徒達。 蒼白な顔面の面々。 横を見るとにやついている石山達。 「しかしご安心ください。 この高原で起こったわけではありません。 でも私達草生高校の偉大な人物が殺されてしまいました。 不幸にも殺されてしまったのは私達の校長先生です。」 下を向いてハンカチで目頭を押さえる西村先生。 普段はそんな姿見せない檀野先生や榊先生も下を向いて神妙な面持ち。 生徒達のざわざわとした声は徐々に熱を帯び、叫び声や大きな疑惑の声に変わる。 「皆さん、気持ちは分かりますが落ち着いてください。 繰り返しますが泉谷校長が本日、自宅で何者かに殺されてしまいました。 私は個人としてはもちろん犯人を許すことができません。 憎いです。 憎くて憎くて仕方ありません。 しかし、捕まえるのは私の仕事ではありませんし、もちろん皆さんの仕事でもありません。警察の仕事です。 ですがとてもじゃないですが、本日のここ山仲新緑那須西高原でオリエンテーションをするというのは少なくとも私達草生高校1学年の教員全員はそういう気持ちになれませんし、するべきではないと考えております。 オリエンテーションを楽しみにしていた生徒皆さんには申し訳ございませんが、本日のこの山仲新緑那須西高原でのオリエンテーションは中止とさせていただきます。 差し当たって緊急に帰りのバスを手配しました。 現在時間が昼の二時十六分。 バスの出発二時三十五分を予定しておりますのでそれぞれ担任の先生に案内されるまでそちらでお待ち下さい。 また詳しくは学校に一度帰ってから担任の先生から連絡してもらいますが泉谷校長の通夜は明日、告別式は明後日、泉谷校長のご自宅で予定されております。 もちろん強制ではありませんが泉谷校長は、常々皆さんのことを考えておりました。 どうしたら皆さんが未来に無事羽ばたけるか、そのようなことをずっと私達先生に話てくれてました。 その泉谷校長の思いに応えるためにも少なくとも明日の通夜は特別な用事のない生徒は参加してもらうよう、よろしくお願いします。」 周りを見渡すと涙を堪える生徒、泣いている生徒もいる一方、面倒くさそうな表情の生徒もいる。 人間という生き物は無情な生き物だ。 石山達のグループからまたバスガイドという単語が聞こえた。 「でもまさか自宅で殺されたとはね。」 丘野が悲しみも驚きも帯びていない無の表情で話しかけてくる。 「殺人事件って普通旅先で起こるもんだよな。」 「僕達が主役の場合はね。 現実は留守の学校なんだね。 校長と喋ったことあった?」 「あるわけねぇじゃん。 というか、顔も正直パッと出てこねぇわ。」 「そんなもんだよね、高校の校長って。 小学校の時の校長は凄い覚えてるんだけどな。」 「おい、お前ら進んでるぞ!! 早く行けよ。」 バスに向かう列に気付かなかった俺達に石山と福永が怒鳴ってきた。 「おい、結城。 お前帰りも補助席座るんだよな。」 「は? もう座らねぇよ。 空いてる席にこいつと座るよ。」 「空いてる席はねぇよ。 唯一空いてる一番後ろの席は俺と福永で占領してるからな。」 確かにその席に行くのも気が引ける。 「結城君〜、俺達はお前の膝を思って言ってやってるんだぜ? その親切を無駄にするのか? え? それともその膝、実は痛くないとか?」 石山と福永はニヤニヤしながら俺に近付いてきた。 「確かめてみるか?」 俺の膝をチョイチョイと石山が蹴ってくる。 「分かったよ、補助席乗るよ。」 「それでこそ、補助君だ。」 高笑いでバスに向かう二人。 俺は悔し紛れに、彼等に聞こえるか聞こえないか微妙なところのおそらく聞こえない気味の舌打ちをして丘野の方を見た。 丘野の姿はなかった。 まさかと思ってバスに乗ると、行きと同じ場所で丘野が円谷の隣に座っていた。 目を閉じていた。 この世界の創造主のような顔をしていた。 色々な感情が渦巻いたが俺は黙って通過し再び戦場に舞い戻った。 地獄だった。 自分でここに座りたくて座っているわけではないのに 「補助、邪魔。」 と言われ、お菓子を前の席に渡しに行く女子のために何度も席を立たされた。 数えてみたら降りるまでに三十九回立たされた。 行く時よりも減っていた。 お菓子は行きで食べすぎたのだろう。 自分のおやつコントロールも出来ない奴らめ。 さらに「補助、一発芸しろよ。」 と最後尾の石山に無茶振りされた。 退屈しのぎというやつだろう。 俺は大事にならないうちにさっさとやってしまおうと、温めていた渾身の想像モノマネ「夕暮れのドラキュラ」と近所の駄菓子屋のおばさんのお釣りの返し方「あいよーん」を披露した。 笑いは一滴もなかったうえに 「勝手に二つもやってんじゃねえよ。」 「ノリノリかよ。」 という石山達の罵声で笑いが起こった。 五分くらい経ってから隣の花岡さんが「補助、二つもモノマネやったのキモい。」 と呟いた。 それが一番堪えたかもしれない。 「一つでいいのにね。」 逆隣の木田さんも外を見ながら言った。 だが「滑った」という言葉を使わない二人はもしかして悪い人ではないのでは?と思った。 少しの気遣いが壮大な優しさに感じた。 だが「物真似倶楽部作らしてくださいって先生に頼めよ」という煽りが聞こえてくる。 「1度でダメでも二回頼めよ、二回。」 「補助は二回いくからな〜」 「しかもノリノリで。」 バスよ事故れ、と思った。 出来れば俺と君崎さんも残して。 うーん、まぁ花岡さんと木田さんも残してもいいけど。 丘野。 あいつは駄目だ。 裏切り者だ。 裏切り者は友達じゃない。 そもそもあいつ、友達だったのか? だがこの数日、俺はあいつ以外とはろくに喋っていない。 そして喋りかけられて以降はこのざまだ。 あいつは死神か? 友達か? まだ俺の長い長い高校生活は始まったばかり。 「おい、補助〜モノマネもう一回やってくれ新作。」 「一回でいいからな、一回で。 もう二回やったらだめだぞ、補助くん。」 先が思いやられる。 どうすればいい。 「あいよーん。」 その言葉とは裏腹に、俺は残りの高校生活をどうすればいいのか分からなくなっていた。 挽回策はあるのか。 「おい、補助。 さっきと同じじゃねえか。 新作って言っただろ。」 「てか、そこの駄菓子屋、俺達知らねぇからよ。」 挽回策はあるのか。 俺はどうしたらいい。 無意識に前の席に目を配ると、丘野が何か考え事をしてるように下を向いて思い詰めていた。 円谷との会話の弾切れか。 いや違う、あれは何か考えているやつの後ろ姿だ。 バスが学校に再び戻るまでに俺は四十六回「あいよーん」をやらされた。 それは座席を立って女子に道を開ける作業の回数より多かった。 君崎さん、君がその隣のペテン師の方を見た五十七回よりは少なかったよ。 俺はどうしたらいいのだろう。 バスの到着後、俺は逃げるように駆け降り下で丘野を待ち伏せた。 「おい、てめぇさっき逃げただろ。」 「ん、あっゴメン。 それよりおかしいんだ。」 「それよりってお前俺があの後どれだけ辛い思いしたか分かって」 「補助君、あいよーん。」 「オツカレーみたいに言うなよ笑」 「クククク」 石山達が過ぎ去った。 「で、何がおかしいんだよ。」 「あいよーんっていうギャグ。」 「うるせぇ黙れ。」 「いや、なんか妙だと思わない?」 「何がだよ。」 「なぜ僕達は帰ってきたんだろう?」 「そりゃ校長が死んだときに呑気に遠足なんてしてる場合じゃねぇって、寺山が言ってたろ。」 「でもあのときの話を思い返すと、寺山は俺達を安心させようとしてた。 殺人はここで起きたんじゃないって。 でも、学校で校長を殺した犯人は捕まったとは言ってなかった。 だからたぶんまだ捕まってない。 そんな危険な場所にわざわざ生徒達を一旦でも帰すかな?」 「つまりお前は何が言いたいんだよ。」 「分からない。 でも、なんか寺山が言ってたことと、やってることがチグハグしてる気がする。 それと、他の先生。 特に檀野と榊。 あいつら、寺山の話聞いてるとき、意図的に泣こうとしてるように見えたんだよね。 下向いて顔をしかめてるのが何か嘘っぽくみえたんだよ。」 「じゃああいつらは校長が死んでも悲しくないのに悲しい演技をしてたってことか? 何のためにだよ?」 「分からない。」   「そう言うお前は探偵か哲学者の演技してんのか?」 「分からない。」 俺は色々な恨みをこめた拳で軽く丘野の頭を殴り、教室に向かった。 特に何事もなく担任の細谷から通夜と告別式の説明を受けて解散だった。 というか、細谷喋ってるの今日初めて見たきがするわ。 どんだけ影薄いんだよ、この先生は。 俺に言われたくないだろうがよ。
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