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「智也。最近の私たちのこと、どう思う?」
私は勇気を出してその言葉を絞り出した。
智也は私から目を逸らして、しばらく何も言わなかった。
立ち尽くす私たちの横を同校の学生や、子供を連れた母親が通り過ぎる。他人はなぜこうも幸せそうに見えるんだろう。
「花緒は、どう思ってるんだ?」
何分経っただろう。智也が言った。
今度は私が困る番だった。
私は。
「私は今の私たちの関係、きついと思ってる」
「そうか……」
智也は智也らしくない苦しそうな微笑みを浮かべた。
「別れたい、のか?」
血を吐くようにという表現がもっとも合うような声で智也は言った。
私は反射的に首を振っていた。横に。
「私、たぶん智也に甘えていたんだと思う。そして、智也も私に。この関係に。でもね。まだ遅くないと思う」
私は精一杯微笑んだ。
「正直、迷ってしまった。でも、私、やっぱり智也と別れたくない。智也は。智也はどう思う?」
「俺は……」
不思議なものだ。私から別れを切り出すつもりだったのに、今は智也の答えを待っている。
私たちの影が段々闇に溶け出したそのとき。
「俺も。俺もまだ間に合うと思う。花緒から別れを切り出されたら応じようと思ってた。でも、それは俺の望むことじゃない」
私たちは自然と手を繋いでいた。
「倦怠期よね、たぶん。でも二人で乗り越えればなんとかなる」
私は努めて明るく言った。
「ごめん。俺、最近花緒への配慮、足りなかったと思う」
「それは私の方こそだよ」
私は繋いだ手をぶんぶんと振った。
「二人で再出発しよう。誕生日プレゼントはいらないから、初めてのデートの水族館に行きたい」
「イルカショーで水かぶったやつか」
智也は笑った。その笑顔は暗がりではっきりは見えなかったけれど、やっぱり私の心を明るくした。
「ああ。楽しい日にしよう。それにしてもこのまま帰るのか?」
智也は左耳たぶを触りながらそう言った。
「うん。嫌?」
「嫌、じゃないけど、恥ずかしいかな」
智也は言ってくれたから、私たちは手を繋いだまま帰った。
今日下した決断が良かったのかは分からない。でも、私は絶対後悔しないと思った。
了
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