前夜

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 半月は考えて下した決断だった。それでも、前夜。私は眠ることができずに何度目かの寝返りを打った。こんな状態にまでなって、一緒にいるよりかはお互い別々に再出発した方が断然いいと思っていた。それなのに。こうして横になっていると、智也との楽しい思い出ばかりが浮かんできて、私の目から涙があふれた。  智也は照れると左の耳たぶを触る癖があるんだ。私が告白した時、智也はしきりに左耳たぶを触っていた。顔を真っ赤にして、そして、「俺も好きだ」って言ってくれたんだ。今まで、左耳たぶを触る智也を数えきれないほど見てきた。智也の大好きなしぐさの一つ。初めてのデートは水族館。イルカショーで一番前に陣取ったのはいいけれど、イルカのジャンプ後の水しぶきを一緒にかぶることになって。でもそんなことさえ嬉しくて二人で大笑いした。付き合ってからすぐに訪れた私の誕生日。智也は何を買っていいか迷いに迷って、私の友達に聞いたら、友達は冗談で「花緒は蛇が好きでね」と言ったらしい。智也はそれで、考え抜いて「本物は無理だけど」と蛇のぬいぐるみをくれた。私の大嫌いな蛇。その日から少しだけ好きになれたんだ。一緒に食べたコンビニのショートケーキの味、ただただ甘くて。そのときの私たちみたいだった。その二ヶ月ほど後。智也の誕生日。私も同じ様に何をあげたら智也が喜んでくれるか悩んだ。二つ年下の弟に男子は何が欲しいのか聞いたっけ。結局スマホケースにした私。智也は「今のがぼろぼろになってきたから欲しかったんだ!」と言って顔をくしゃくしゃにして笑った。智也は目が大きめだけど、笑うとなくなっちゃうんだ。そして、この日私たちは初めてキスをした。智也は、「もう一回いい?」と何度も言って。結局私たちはその日だけで八回もキスをした。その数日後、智也は「俺があげた誕生日プレゼント、しょぼすぎたよな」とすまなそうにペンダントをくれた。四葉のクローバーのペンダントヘッドは小さいけど精巧な銀細工ですっごく可愛かった。「そんなこと気にしなくて良かったのに〜」と私は言ったけど、とても嬉しかった。  たくさんの智也との宝物が走馬灯のように私の頭を駆け巡った。智也は私から消えてなかった。  私は智也との楽しい日々に涙を流しながらいつの間にか眠っていた。
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