試し書き

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車の中から手を振る人影を見つけた。辺りには僕しかいないから、多分僕に手を振ってるのだろう。 男は陽気におーいと叫びながら、窓から身を乗り出し始める。 そんなに主張しなくても気づく。僕はそう呟きながら、黒塗りのバンに足を向けた。 黒いサングラスに日除け用の野球帽。帽子のロゴは黒地に白色のM。 都会では考えられない組み合わせに新鮮ささえ覚える。 「長旅お疲れ様!」 そう言って差し出されたのはオレンジジュース。1.5Ⅼの。 水滴がぽたぽた落ちて、少しぬるくなっている。飲むと、へばりついた喉と喉の間が灌漑されていった。 「一気飲みしちゃうくらい喉が渇いてたんだね。」 男はそう言いながら車の助手席のドアを開け、乗り込むよう僕に促す。車内は冷房でキンキンに冷えていた。男は僕のことを随分と長く待っていてくれていたらしい。 「えっと、由井浩二くん。だよね?」 発せられたその問いには、こちらを伺う意図が少なからず含まれていた。やはりこちらにも、母親に邪魔者扱いされた子供ということで通っているのだろう。 哀れみと心配が強調された声色で僕に語り掛けてくる。 ちなみに、男が発した問いは半分正解で半分間違いだ。少し前母親に、これから苗字は岳羽を使うように言われていたから。新しい『父さん』の苗字らしい。 戸籍上はまだ由井だが、これからは岳羽を名乗らねばならない。 そのことを男に伝えると、分かりやすく顔から血の気が引いていった。 「ご、ごめん。岳羽浩二くん、だね。」 もう間違えないから!と男は表情を無理やり明るくした。正直言ってかなりの間抜け面。 口角は引きつって、瞼は軽く痙攣している。無理に笑顔を作っているのが見え見えだ。 この顔には慣れていた。先生や同級生からは、この手の笑顔しか向けられたことがなかったから。 男はわざとらしく思い出したように車のエンジンをかけ、タイヤを回して駐車場を出た。 しばらく走って、トンネルに入ったところで男はサングラスと帽子を外した。 カラスの羽のように真っ黒な髪。恐らく櫛が入らないであろうカールがかったくせっけ。髪は帽子からはみ出ない程度に短くしてあるようだが、あちこちが絡まっている。 金色ピアスを取ってつけたように右耳から垂らしていて、紫がかった目は南東の方角に垂れ下がっている。 不美人とまでは行かないが、美人という訳でもない。平々凡々。 おしゃれという訳でもないし、何か流行を取り入れている訳でもない。 ぶっちゃけ、冴えない。 しかし。僕はそう思いながらも不思議な感覚に包まれてていた。 男につい見入ってしまったのだ。 見入ってしまうというより、目が離せない。離せなくなってしまった。 ピカソの「ゲルニカ」のような、見てはいけないものに出会ってしまった感覚。見てはいけないはずなのに、禁忌に触れてしまったはずなのに、目を反らしてはいけないと思わせられる。 そんな呪いのような魅力を、男は持ち合わせていた。 「えっと、そんなに見られるとちょっと恥ずかしいな…?」 そう男は右頬を右手の人差し指で掻いて見せた。 茫然自失とはまさにこのこと。さっきまで何とも思っていなかった、むしろ敵意さえ抱いていた男に僕は見惚れているのだ。 自分でも理由が分からない。何故これほどまでに惹きつけられるのかが理解できない。 「…名前、何て言うの。」 口からつい言葉がこぼれた。口にするはずのなかった言葉が、僕自身をさらに混乱させた。 男は瞬きを何度か繰り返し、そして嬉しそうにはにかんだ。 右耳のピアスがちゃりんと音を立てて揺れる。窓から入る太陽の光がピアスに反射して思わず目をつむった。 「笠原紫音!」 笠原紫音。それが、僕の一目ぼれした男の名前だった。 もっと紫音の魅力を引き立てる文章が書きたいな…、 笠原紫音の容姿 ・少し天パ気味の黒髪、紫がかった目、垂れ目、右耳に金ピアス。 綾瀬りくの容姿 ・後ろで5㎝くらい束ねた金髪、黄色の目、釣り目、チェーンでつなげた指輪を首からかけている。 岳羽浩二の容姿 ・ショートマッシュのミルクティー色の髪、アーモンド型の黒の目、古いデジタルの腕時計を常に身に着けている。
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