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………
…
「……」
1年生の廊下を渡る。
華落先輩と別れて詩葉さんを迎えに行くため。
自分の気持ちを吐き出した後の学校内は、
西日に照らされる塵埃さえ美しく見えた。
俺と詩葉さんの関係がバレてからは
待ち合わせではなく迎えに行くようにしている。
もうなにもかも今更だし、
むしろ堂々としていた方が茶化されなくて済む。
「…詩葉さ──」
「えー、そうなんだ!」
「それで?普段はどんなデートしてるの?」
彼女の教室に到着し、後ろの扉から
声をかけようと覗くと陽気な声が聞こえた。
一度口を閉じて覗くように中を見渡す。
「なにそれめっちゃいい!」
「それでそれで!?どこまでいったのー!?」
中には2人の女の子に囲まれた
ノートを書く詩葉さんの姿があった。
遠目からでもわかるほど頬を染め、
あくせくとノートを綴っている。
その中身までは見えなかったが、
3人は楽しそうにおしゃべりをしていた。
「…ふふっ」
思わず笑みがこぼれる。
友達と話す彼女をなんだかんだで初めて見た。
心配していたわけではないけれど、
上手くやれているか彼女の抱える問題を
知っているからこそ、気になってはいた。
どうやら杞憂だったらしい。
彼女の笑みを見れば一目瞭然だ。
「…あ、もうそろそろ帰らないと」
「結構いい時間だね」
「……」
話の区切りがついたのか
帰り支度をする詩葉さんの友人たち。
…しまった。こうやって覗いているの、
中々に不審なんじゃなかろうか?
焦って身を引こうとしたとき…
「……ぁ…の」
「!!」
教室内に高めの柔らかいソプラノが響く。
俺は思わず体の動きを止めていた。
「…え?」
「詩葉…ちゃん?」
それはあの日屋上で聞いた時と同じ声。
彼女たちも驚いて詩葉さんに目を向ける。
「…ぅ……ぇ…と」
詩葉さんはノートをひしゃげるほど握りしめて、
ギュッと固く目を閉じて喉を鳴らす。
絞り出すような声。でも…頑張りが伝わる声。
…彼女は2人になにか話そうとしていた。
「……」
頑張れ…頑張れ…!
俺は手を握りしめて陰ながらエールを送る。
そういえば初めて詩葉さんの家に行ったとき、
彼女はこんな風にして話そうとしていたっけ…。
…普段は内気な詩葉さんだけど、
諦めきれないことに対する行動力はすごい。
彼女にとって声での動画配信なんかは
余程の熱量がなければ難しいはず。
それに俺に対する告白のときだって、
一度も会ったことなかったことを考えれば、
ものすごい勇気のいることだ。
…そんな彼女だからこそ、
どんなことだって乗り越えていけるはず。
俺に教えてくれたように、彼女自身もまた…
1歩1歩変わっていけるはず…。
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