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壊されたり、汚されたり、なくされてしまったりしたらどうしよう。彼等のルークの扱いはお世辞にも丁寧とは言えないものだった。いつもよりしつこく返してと叫ぶ優理を面白がったのか、彼等はより乱雑にキーホルダーを投げて遊び始める。先生は忙しくてこっちに気づいていない。どうしようどうしよう、とパニックになっていたまさにその時だった。
『うわあっ!?』
一人が突き飛ばされて転んだ。別の園児が、強引に少年からルークを奪い返したのである。
『ひとのものを盗むのは、はんざいなんだぞ』
そこに立っていたのは、自分よりも一つ年上、年長組の少年だった。幼稚園とは思えない、小学生に見えるくらい背の大きな男の子。だからだろう、ガキ大将たちもすぐに反論できずに立ち尽くしていた。圧倒的な強者を本能的に悟ったためだろう。
しかも、突き飛ばされた少年は、同時に自分のポケットを探って悲鳴を上げる。
『おい!おまえ、おれのハンカチ!』
年長の少年は、ルークを奪い返すと同時に、器用にも彼のポケットからハンカチを抜き取っていったのだった。返せ返せと叫ぶ彼を、少年は冷たく見下ろす。
『ひとのものをへいきで盗むのに、じぶんのは盗まれたらいやなのか。そんなのおかしいだろ』
『おかしくなんかない!あ、あいつがいつもグズでのろまだから!』
『グズでのろまなら何してもいいのかよ。じゃあ、おれにハンカチとられるお前も、グズでのろまだよな。このハンカチ、このまま外にすててももんくないよな』
『や、やめろよお!』
ハンカチには、当時人気のヒーローがプリントされていた。きっと少年のお気に入りだったのだろう。このまま捨てられてしまったら二度と手元に戻ってこないし、きっとママには叱られる。本気で泣きそうになっている彼に、年長の少年ははっきりと言ったのだった。
『じぶんがやったことは、ぜったい返ってくるんだぞ。だから、イヤなら、ひとにはぜったいするな。おまえらがまた、だれかをイジめてたら、こんどはおれがおまえらをいじめてやるからな』
『――っ!』
幼稚園児とは思えないほど、彼の理屈は筋が通っていた。彼が少年にハンカチを返すと、彼等が半泣きになりながら逃げていく。そして、彼は呆然と成り行きを見守っていた優理に、ルークを返してくれたのだった。
『あ、ありがと……』
誰も助けてくれない、そう思っていた。それなのに、顔も名前も初めて認識する少年が、赤の他人である自分を助けてくれた。その経験は、優理には何よりも鮮烈で、人生観を変えるほどの出来事だったのである。
ヒーローはいるのだと、そう思った。
キラキラと眩しい、彼のように自分はずっとなりたかったのだと。
『おまえ、ケンカよわいんだろ』
『え?う、うん……』
『だったら、次からはちゃんとにげるんだぞ。たいせつなもの、とられるまえににげろよな。それならできるだろ』
『え、あ……』
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