<2・信念>

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 戦うのではなく、逃げることこそ正義。逃げることは時として最大の武器になる。それを教えてくれたのも彼だ。確かに自分は弱い。でも、かけっこは少しだけ早いし、かくれんぼなら得意だ。なら、逃げる事ならできるかもしれない、と。 『あ、あの!』  世界を変えたいなら、まず自分が勇気を持たねばならない。  彼は弱かった自分の代わりに勇気をくれた。ならば、今度は自分の力で。 『た、たすけてくれて、ありがとう!つ、つぎは……ぼくが、たすけるよ!』  彼を、誰かを、助けたい。  あの時助けてくれた分、今度は自分が。  確かにあれから無用なトラブルに巻き込まれることも増えたが、その分友達が増えたのもまた事実なのである。誰かを一生懸命助けよう、小さくても世界を変えようと足掻くのならば、その努力は必ず誰かが見ていてくれる。実際あの頃の自分より、今の自分の方が百倍は好きだった。明るい人間に、勇気のある人間になれたのではないかとそう思っている。まあ、ケンカだけは強くなれなくて、助けるといってもせいぜい誰かの腕をひっぱって逃げることしかできない人間ではあったけれど。 ――うーん思い出せない。  机の上を雑巾で拭きながら、優理は首を捻った。 ――あの子、名前なんだったっけ。はあ……ちっちゃな頃って、アダ名で呼ぶから本名覚えないんだよな。  少しでも心が弱くなったり、迷いそうになった時は彼のことを思い出すことにしている。あるいは、次は自分が誰かを助けられるようになりたいと話した時、初めて優理を褒めてくれたお祖父ちゃんのことを。ああ、あの時自分は確かに祖父に、●●って名前の子に助けてもらったんだよと話した気がするのに。彼と本格的に一緒に遊ぶようになってからは、“ヒーローくん”とアダ名で呼ぶようになってしまって、そのせいですっかり本名が記憶から抜け落ちてしまったのだ。五歳児の記憶力なんてそんなもの、と言われてしまえばそれまでなのだが。 ――き?ひ?……あれ、なんだっけ下の名前……あーだめだ、むりだ。ちっとも思い出せない!  そんな優理は、現在思いきり落書きされた机を雑巾で拭いて綺麗にしているところだった。ホームルームが始まる前にある程度綺麗にしないとまともに使えもしない。幸い絵の具と油性ペンが中心で、絵の具部分は塗れ雑巾で拭けば大体落ちるものだったが――問題は油性ペン部分だ。触っても服につかないだけマシだしだが、これではかなりみっともない。  とりあえず前の状態はスマホで撮影したので、あとで先生に相談するとしよう。なんせ、机は正確には自分の私物ではなく、学校の備品だからである。 ――暫くは、貴重品は身に着けて持ち歩いた方がいいな。教科書関連に何かされたら諦めるしかないけど。
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