8453人が本棚に入れています
本棚に追加
終業間際、メーカーとの打ち合わせ帰りに神代くんと並んで廊下を歩いていると、前方から…見るのも苦痛な相手がやってきた。
私たちの元にたどり着くまで、すれ違う社員がジロジロと汚いものでも見るような視線を彼に送る。
「聖奈さん、後ろ隠れてていいよ」
「…」
私を安心させるように優しく語りかける神代くんにキュッと心臓を疼かせながら、素直に彼の後ろに身を潜めて、どうかこのまま絡まれないことを祈った。
しかし、そんな願いも虚しく…私たちの進路を阻むように立ち止まったその人からかかる声。
「…おー、神代。」
「…うす。」
「後ろに隠れてるのは、…秋月だろ?」
「…っ、いの…うえ、さん…」
体を倒して私を覗き込んでくる井上さんに、あの日のことがフラッシュバックして悲鳴を上げそうになる。
神代くんは私を庇うように左手を出して、反対の手で井上さんの肩を遠ざけてくれる。
「しばらくいないと思ったら、もう帰って来れたんですか?うちの会社も緩いですねぇ。」
「…、お前、相変わらず肝座ってんな」
「え?すみません、気分悪くしました?俺って正直すぎるんですよね」
バチバチと音が聞こえそうなほどピリついた空気が流れてる。怖くて今すぐ逃げ出したい。
でも、私のせいで井上さんから恨みを買ってしまっている神代くんを置いて逃げるなんて絶対に出来るわけがなくて…。
震える拳をぎゅっと握った丁度のタイミング。
後ろに回った神代くんの左手が私の手をすっぽり覆って握りしめた。
その手はやけに暖かくて、
怖くないよ、と慰めるように。
俺がついてるよって、語りかけるように。
こちらに目も向けていないのに、彼の優しさが痛いほど伝わって、恐怖による震えを超越するくらいの安心感をもたらす。
最初のコメントを投稿しよう!