8451人が本棚に入れています
本棚に追加
後ろから抱きつかれ、顎を置かれた肩がずしりと重くなる。
「こら、包丁持ってる時に抱きついたら危ないでしょ?」
「…。体が勝手に?」
「嘘つけ」
「そこに聖奈さんの背中があったから…」
「山があったから、みたいに言うな!」
抑揚のないトーンで淡々と返ってくる言葉だけど、体勢せいか少し甘えたような声色で耳に響く。
ポンポンと交わされた会話がなんだか可笑しくて、二人同時にふっと小さく吹き出した。
嫌々、という体でここにやってきたにも関わらず、まんざらでもない気持ちになっている私。
滑稽で恥ずかしいのに、まんざら…どころか、付き合いたてのカップルのような高揚感に酔いしれる私は…イタい。…イタいよね?
分かってはいるんだけど…
職場では想像できない、この甘えたな神代くんを前にして、
胸を震わせないでいるなんて、相当強靭な心臓の持ち主でなければ不可能だと思うんだ。
「聖奈さんって世話好きだよね。」
「え?」
「今日ここにきてから、俺なにもしてない。
こんなに至れり尽くせりでいいのかなって。」
「…んー、癖?性格?みたいにものなのかもね」
桃の皮を丁寧に剥きながら、何気なく返す私。
仕事や周りの目から切り離された空間で、神代くんと心地よい時間を過ごせて…きっと油断してしまっていたんだと思う。
「ほら、元彼がなにもしない人だったから。
こうやっていつも世話焼いてたから慣れてるの。」
「…、は?」
自分の口から出たものが【失言】だ、と気づくのに…数秒の時間を要した。
最初のコメントを投稿しよう!