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前方を歩く杉本課長。
その背中を追いながら、散々ヒヤヒヤさせてくれた神代くんを横目で睨めば、悪びれる様子もなく涼しい顔で前を見据えている。
優雅に頬に影を落とす、その長いまつ毛が無性に腹立たしく、苛立ちをぶつけるように彼の脇腹目掛けて拳を伸ばすと…。
「…っ、」
「見え見えっすよ。」
こちらも見ずに伸ばした拳を片手で受け止めた神代くん。その手を口元に寄せながら、私にしか聞こえない声で呟いた。
「な…は、離して…よ、」
「…んー、」
杉本課長がいつ振り返るか、とまたヒヤヒヤしながら手を引き抜こうと暴れるが、余裕な表情からは想像できない握力に、逃れることを許してもらえない。
長い足で歩みを進めつつ、ゆっくりと瞬きをした彼の瞼が折り畳まれると同時、気怠げな流し目に捉えられ、
「…どっからどう見ても、恋人にしか見えないんすけどねぇ?」
「っ、」
「杉本課長って、目悪いの?」
…不貞腐れたように尖った唇。
それが手の甲に押し当てられた後、ようやく私の手は解放された。
「ばか、…何、すんのよ…」
「聖奈が落ち込んでるんじゃ?と思って…」
コテンと傾けられた顔に急激に上がる体温。多分それは見た目にも表れていて…。
思わず足を止めて頬を上気させる私をフッと嘲笑うと、「気のせいだった?」と呟いてそのまま横を通り過ぎて行った。
…な、なんてやつだ…っ、!
課長がすぐそばにいるっていうのに…こんなこと…。
感触の残る右手の甲を左手で押さえながら、バクバクと跳ねる心臓に堪える。
何事もなかったかのように颯爽と歩く、ラインの綺麗なスーツ姿を睨みつけていれば…
その男は顔だけでこちらを向いて、クイっと楽しげに口の端を上げた。
「秋月さん、何してんすか?早く行きますよ」
「…な、っ…!」
1ヶ月ぶりに終日共に過ごす仕事の場。
出鼻から暴走しまくりの神代竜聖と…、果たして無事に出張業務を果たすことができるのか…。
ひたすら不安しかありません…。
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