第一章 とっつきにくい、あの人

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「頼りにされてたから、開業する時は残念がられたそうよ」  自分のことのように、坂さんが嬉しそう。 「それだけじゃない、面倒見もいいから安心して大丈夫。ラゴムに来られてラッキーよ」  よかったねって、伝わる表情が晴れやか。 「それと、ひとつ。院長は新人だろうがなんだろうが、どんなことでも、とにかくやらせるからね」  覚悟を決めろと。やるしかないと。  そういうことね、なんとかなる。  まっすぐにつづく、廊下の右側手前から検査室、オペ室、入院室、隔離室、レントゲン室と並んでいて、全面ガラス張り。  それぞれの部屋に行き来できる便利な造り。  もうひとつのドアからは、診察室につづくスタッフステーションにも行き来ができ、廊下からも出入りができて、動線を考えた完璧な間取りになっている。  これだから間口が広いわけだ。    レントゲン室の隣の一番奥が休憩室になっていて、ロッカーの他にテーブル、椅子、テレビ、小さな冷蔵庫がある。 「このロッカーが緒花さんのよ。以上、なにか質問は?」 「ないです」 「それなら、着替えたらスタッフステーションに来て」 「はい」  さすがに、休憩室はガラス張りじゃないね。    白衣に着替えて、スタッフステーションに出ると、きらきら輝いているんじゃないかって背中が目に飛び込んできた。  青空みたいな青いスクラブのうしろ姿は、贅肉のない体型で、持て余す手足がすらりと長い。  面接では、うしろ姿は見られなかったけれど、院長は黒髪短髪だった。  面接の方とおなじ髪型ということは。  この方が噂の宝城(ほうじょう) 聡一郎(そういちろう)院長かも。 「おはようございます、緒花 桃です」  うしろからお伺いを立てるように声をかけて、向かい合ったときに改めて挨拶をした。 「おはようございます、緒花 桃です!」 「おはよう、元気いいな」  今日からラゴムの一員になれて嬉しいことと、一日も早く仕事を覚えて頑張ることを伝えた。 「がんばれよ」 「はい。慣れない仕事で、ご迷惑をおかけすることもあるかと思いますが、やる気だけは、人一倍あります。どうかご指導のほどよろしくお願い申し上げます」 「なにもかもが、新しい中に飛び込んでいくんだから、緊張もするよな、リラックスしていこう」 「期待に添えられるように努力します」 「気負いしなくていいからな」  笑顔で、大きく頷いてくれた瞬間に緊張がほぐれ、いつもの自分に戻って肩の力が抜けた。 「まじまじ見て、どうした?」 「ドクターコートじゃないんですか?」 「院長だから、ドクターコートなんて概念は、今どきナンセンスだ。スクラブのほうが治療しやすい」 「ドクターコート姿もかっこいいでしょうに」 「自覚してるし、人からもよく言われる」 「は、はあ」  自分で言うかな。真顔で謙遜しないし、顔に自信満々の笑みが溢れているし。
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