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5月
麻衣は機嫌が悪かった。今年、春の研修が無かった直紀が、実家に挨拶に来る・・・という話を、なし崩しにしたからだ。
直紀からの電話に出る気力も起こらなくて、メッセージで訴える。
「結局、直紀は私のことはもうどうでもいいんだよね。いつも仕事、仕事って。」
言いたくない言葉が出てくる。
「そんなことないって。電話でてよ」
「もう、仕事と結婚したらいいよ。」
「話したい。」
「やだ、ちゃんと話せないかもしれない。電話だと、いいくるめられちゃうもん」
直紀の声を聞くと、つい絆されて許してしまう。そして直紀もそんな麻衣に甘えている。結局その日は直紀からの電話には出なかった麻衣は、寝不足も重なって、暗い顔をしていた。今日、早耶に愚痴ろうか・・・でも、結婚式の直前で忙しいだろうし、幸せオーラ満喫中の友人に恋人の愚痴ばかり聞かせるのもあんまりだな・・・とモヤモヤしていた。
「里見さん、大丈夫ですか。顔色が、あんまよくないですよ・・・」
昼休み、午前中溜息が多かった麻衣に、宮野が話しかけた。麻衣はちらりと宮野の方をみて、机に肘をつく。
「うん、ちょっと寝不足で・・・。」
とふと、男性の意見を聞いてみようかと思い立った。
「彼氏と、喧嘩しちゃって。」
宮野は、なるほど、という顔をした。
「私の家に挨拶にくる、っていう約束してたのに、やっぱり仕事が、って言いだして。ただ、付き合ってる彼氏です、って顔見せてほしいだけなのに。・・・彼女の実家に行くのって、そんなにハードル高い?」
麻衣は一気に吐き出す。宮野はちらりと麻衣を横目で見る。
「・・・あくまで自分の意見ですけど」
前置きして話し出した。
「自分なら、付き合って最初に行きますね。そのほうが、親御さんも、彼女も安心するだろうし、もし将来を考えるにしても、親御さんとの面識の有無で変わってくると思うんですよね。・・・付き合いが進んでから、親御さんと顔合わせして、もし合わないような人だと・・・気持ちの折り合いをつけるのが、難しくなるような気がします。」
「・・・気持ちの折り合いっていうのは?」
麻衣は、宮野のほうを向いて問う。
「結婚って、親御さんと全くかかわらないっていうのは、難しいと思うんです。だから、親御さんと合わないから、彼女と別れるのか、もしくは彼女と結婚したいから、親御さんとの相性には目をつむるのか・・・っていうところです。」
ふむふむ、と麻衣はうなずく。
「で、付き合いが進んでから挨拶にいったりすると、親御さんも、彼女も身構えるじゃないですか。結婚か、って。それが、付き合ってすぐなら、まだこれから見極めていくところだし、変に気構えがないんじゃないかって。・・・里見さんと彼氏さんの付き合いがどのくらいかは知りませんけど、付き合って長いなら、そういう身構えられているところに行くのは、ちょっと勇気がいりますね。」
「・・・」
麻衣は、黙って宮野の話を聞いていた。
「・・・里見さんの場合、顔みせるだけ、とかいってるけど、そうじゃないような感じもしますし。」
そんなつもりじゃ・・・と反論しようとするが、思い直して麻衣は黙り込む。確かに、そんなつもりがなかったわけでは無い。
「まあ、別れたいならちょうどいいきっかけでこのまま放置しておくってやり方もありますけど。そうじゃないなら、今夜、ゆっくり話でもしたらどうですか。」
宮野は、ペットボトルに口をつけた。
「仲直りしてもらわないと、仕事に支障がでそうです。」
宮野に言われて、麻衣はぐっと言葉に詰まる。麻衣が別れる気がないと、見透かされているのだ。バッグから、弁当の包みを出しながら反省の言葉を口にする。
「はい、すみませんでした・・・。話聞いてもらって、少しすっきりしました。」
「次からは、ランチ1回分でお願いします。」
宮野は、軽口をたたいて、今日も菓子パンの袋を開ける。スーパーの話をしてから、前日の夜か、出社前に、開いているスーパーに寄って購入することにしたらしい。
「・・・いつも菓子パンじゃあね・・・。今度、おごるよ。」
「えっ・・・冗談ですよ」
宮野が焦る。
「ま、いつになるかはわからないけどね。」
麻衣はいたずらっぽく笑って弁当箱のフタを開けた。
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