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8月(2)
次の日、遅めの朝食を済ませ、外湯めぐりをしながら、温泉街をぶらりと歩く。麻衣は、自分へのお土産に手ぬぐいを買う。直紀は、酒屋で、地酒を何点か試飲させてもらう。
「私、日本酒は苦手なんだよね・・・」
横で眺めながら待つ麻衣に、
「ワインもありますよ。」
と店員さんが勧めてくれる。少し飲ませてもらうとさらっとあっさりとして、アルコールの香りが少ない。
「おいしいかも。」
と直紀にも進める。
「麻衣は、あんま酒強くないのに、好きだよね・・・。」
酒、というキーワードにドキリとしてしまう。結局、麻衣はワインは買わず、直紀が気に入った地酒を2本購入していた。
「あー、おれ、職場の人にもなんか買うわ。麻衣は?」
「あ、私も見ようかな・・・」
と箱入りのお菓子のならぶ店に立ち寄る。
「やっぱり、温泉といえば、饅頭?」
直紀が手に取る。
「温泉にいく、って言ってきたの?」
「うん、彼女と久しぶりの旅行なんで、連絡しないでください、って」
土産を手に取って選びながらさらりと言う。麻衣は急に恥ずかしくなる。たくさん入っていたほうが配りやすいからと、20個入りの包みを直紀が二つ、麻衣は一つ、買う。
「今の部署は、そんな数でいいの」
「うん、席の周りの人だけでいいかなって」
そんな話をしたところで、麻衣のケータイにメールが入る。
「あ、ちょっと見てもいい?」
直紀に断って、店の外でメールを開くと、職場の同じグループの人からだった。この前の出張のイベントの写真を見たいので、保存場所を教えてください、といった内容だった。保存場所なら、宮野くんも知っているはずなのに・・・と思いながら、共有場所をメールする。
「ごめんね、お待たせ」
直紀は、ベンチに座ってケータイを見ていた。
「うん、俺もメールチェックしてた。・・・なんかトラブル?」
「ううん、資料の場所教えてほしいってメールだった」
「・・・麻衣にしか、わかんないことなの?」
少し不機嫌そうな直紀に、麻衣は少し戸惑う。
「え・・・と、うん、そう、かな。」
「・・・じゃ、仕方ないな。次から、自分以外にも共有するようにしといたほうがいいぞ。特に、こういう休みの前は・・・」
「そうだね、そうする。」
麻衣は、立ち上がった直紀のうでに自分の腕を絡ませる。
その日の夕食の時、直紀に
「そういえば、新しい部署は、どうなの」
と唐突に聞かれた。
「え、何・・・?」
麻衣は訝しむ。
「ずっと、麻衣が希望出してた部署でしょ。・・・希望が通って、どうなのかな、って思ってたんだよ。やっぱり思ってた通り!なのか、思ってたよりもつまんない・・・、なのか。」
直紀は、ビールグラスを片手に、麻衣を見る。
「それは、まだまだ勉強不足なところもあるけど、これからだって思ってる。せっかく希望通してもらったんだから、頑張らないと・・・」
麻衣は、今の部署へ移動してからの数か月で新しく発見したこと、楽しかったこと、失敗したことを直紀に語っていく。いつもはあまり仕事の話題はふれないのに、お酒も少し入っているせいか、いつもよりも饒舌になっていたかもしれない。そんな麻衣の話を直紀は肘をつき、頷きながら聞いていた。
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