3月(2)(※)

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3月(2)(※)

 ざあっ、と溜めたお湯をあふれさせながら、直紀が浴槽に入ってくる。 「・・・ふう、久しぶりにあったまるなあ」  直紀は、濡れた髪をかきあげる。麻衣は、直紀の額からすっと通った鼻筋に目元をみて、やっぱりいい男だなあ、と思ってしまう。直紀は、向かい合っていた麻衣に体の向きをかえさせて、後ろから抱き着く。 「たまには浸かったほうがいいよ、そのほうが疲れとれるって。冬なんて、よくあったまらないと・・・体、冷えてるのに・・・。」 麻衣は直紀の腕にもたれ、後ろを見上げながら言う。 「んーー、そうだなあ。」 いいながら、麻衣を後ろから抱きしめる。麻衣の腰あたりに、直紀のものがあたる。 「もう、温まった?」 直紀が耳の後ろでしずかに囁くと、麻衣の鼓動が跳ねる。 「う、ん・・・」 「じゃ、あがろ」 「私は温まったけど、直紀は入ったばっかりじゃん・・・」 「んー、じゃあ、もうちょっとだけね」 そういって後ろから麻衣の胸を揉む。 「ちょ・・・」 「あったまる間、触らせて」 麻衣は、身をよじらせて訴える。 「お風呂は、リラックスするところなんだってば・・・」 「俺はリラックスできてるけど」 「もう・・・」 直紀は、麻衣の胸の先端をつまみだす。 「やっ・・・」 「まだ、温まってないから」 そういって麻衣のうなじに吸い付く。体のなかで熱が産み出されていく。 「あっ・・・」 「・・・あがる?」 誘うように耳元で囁かれて、麻衣は小さく頷く。 直紀が先に外に出て、バスタオルを麻衣の方に差し出す。麻衣は受け取って、体を拭く。 体にタオルを巻いて出ると、直紀に手を引かれる。 「ちょっと、着替え・・・」 「どうせ脱ぐから、いいよ」 そのままベッドに連れていかれる。 「髪の毛も、濡れてるから・・・」 ベッドに腰をかけて、麻衣が訴えるが、直紀はもう我慢はしないというように麻衣を押し倒す。 「麻衣」 直紀の冷たい唇が、麻衣の唇を塞ぐと、麻衣は目を閉じ、直紀の首の後ろに手を回す。 「直紀・・・好き・・・」 唇が離れると、麻衣がつぶやく。直紀が微笑み、もう一度軽く口づけて、唇を下へと移動させていく。  直紀がベッドの下に手を伸ばす。いつもそこに避妊具の箱が置いてある。 「麻衣がくるから、ちゃんと買ってきた。」 ペリっと音をさせて、袋を開け、避妊具をつける。直紀は、初めてのときからこれまで一度も着けなかったことはない。  直紀が体の中に入ってくると、肌が粟立ち、自然と腰が浮く。ベッドと体の間に手を滑り込ませて、直紀が麻衣の体を抱きしめる。 「麻衣・・・」  深い口づけと直紀から与えられる快感に、麻衣は小さく喘ぐ。  麻衣の男性経験は多くない。学生のころの彼と、直紀の二人だけだ。これまでの経験で、めくるめくような激しい快感・・・というものを味わったことはないのではないか、と思っている。  それでも、直紀と体を合わせているときは、幸せだった。こうやって触れ合えるだけで、離れている間の寂しさや不満が満たされていくように感じられた。  直紀の肌はいつもすべすべでうらやましい、と肩や背中に触れる。直紀は笑いながら、麻衣だってやわらかい、ときれいな指で麻衣の胸の形を変える。心地よい肌触り、体温。いつもとは違う息遣いに体が歓喜する。ずっとこの時間が続けばいいのに、といつも思った。  直紀が汗ばんだ体を離しながら、麻衣に少し長めに口づける。終わるときは、いつもこうやって、唇を合わせる。麻衣の隣に横になり、息を整えながら、頭の下に腕を通して、腕枕をしてくれる。麻衣がそっと寄り添うと、直紀の指が髪の毛を梳かすように撫でる。この時間も好きだ、と麻衣は思う。言葉は少ないけれど、心が安らぐ。  しばらくすると、直紀がすっと腕を抜き、麻衣にふとんを掛けてベッドを出ると、服を着て、一服タイム、が始まる。 「ごめん、着替え、取ってほしいな。」  直紀が換気扇の下へ移動する前に声をかけると、直紀は脱衣所から麻衣の着替えをとってきて、手渡した。 「ありがと」  直紀は台所へ向かう。麻衣は直紀が背中を向けているうちに着替えると、テーブルの上に置いたままのマグカップに残ったお茶で喉を潤す。  直紀は、一本吸い終えて、麻衣の隣に戻る。手に飲みかけのコーラの缶を持っている。 「麻衣も飲む?」 と差し出され、少し口をつける。 「相変わらず、好きなんだね。」 冷蔵庫の横には、缶のコーラの箱が2箱積んである。 「なんか、炭酸飲みたくなるんだよね。」 麻衣は直紀に缶を渡す。 「で、麻衣の話だけど。」 何口か飲むと、缶をテーブルの上に置く。 「異動のことは、本当にやりたいなら、もっとアピールしていいと思うよ。麻衣は気を回しすぎるところがあるから・・・・仕事なんて、チームでやってるんだから、持ちつ持たれつ。迷惑かけたってときは、他で挽回すればいいんだから。キッチリしすぎるとしんどくなるよ。」 そういって麻衣の肩をぽんぽんと叩く。 「子どものことは・・・、子どもとキャッチボールしてるお父さん・・・なんて姿は想像したりするけど、できなくても別にこだわらないよ。」 「私は・・・、両親に孫の顔を見せてあげたい。」 直紀のほうを見上げる。 「もちろん、麻衣が欲しい、っていうなら、その、不妊治療?も協力するし。・・・だけど、まだ若いんだし、気にしすぎじゃないのかなとも思う。」 直紀は缶を手に取り口をつける。 「うん、まあ・・・。」 そもそも結婚もしていないのだし、と心の中で呟く。麻衣は再び直紀のほうを 見た。 「ねえ、じゃあ・・・、せめて、うちの親に付き合ってます宣言だけでもしてほしい」 麻衣は直紀に訴えた。 「いつも、早耶に頼んだり・・・堂々と、直紀のところに来たいよ。」 両親も、うすうす勘づいているだろうが、気づかないふりをしてくれているのだと麻衣は思っている。 「・・・わかった。・・・次の春の研修のとき、麻衣の家にも行かせてもらうよう、予定調整するから・・・」 そういわれて、麻衣はやっと、と思う。 「約束だよ!」 「うん、約束」 そういって、直紀は麻衣の肩に手を回す。麻衣は目を閉じて、直紀の肩に頭をもたれかけた。
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