4月

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4月

 異動初日、麻衣は朝礼で名前を呼ばれた。同じく、もう一人、名前を呼ばれた人物がいた。 宮野 誠司。麻衣と同じく、今日から販促部門に異動になったという。入社年度は、麻衣より一年後だった。 朝礼が終わり、自席はここだと案内されると、宮野と麻衣の席は隣り合わせだった。 「よろしくお願いします。」 「こちらこそ、よろしくお願いします。」 座席周りの人とも自己紹介を済ませると、今度は異動元の部署に戻って、挨拶を済ませ、自分の荷物を運んでくる。午後には上司に連れられて関係部署への挨拶周り・・・と、挨拶と整理整頓で一日が終わる。  最初が肝心とばかり、上司と同僚数名での小さな歓迎会が開かれた。 「じゃあ、里見さんは、入社してから希望してた販促へ今回異動できたわけだ。」 「はい。いろいろ勉強させてください。」 「里見さんもですか。自分も、入社面接のときから希望してました」 宮野が主張する。 「なので、すごくうれしいです。」  一つ下だが、同じタイミングで新人のような立ち位置にいる人が自分以外にもいるのは、同期のようで少し心強いような気もする。 「一緒にがんばりましょう」 当たり障りのない言葉を笑顔で返す。上司が微笑ましそうに語り掛ける。 「研修とか、一緒に行ってもらうこともあると思うから」 「あ、web研修の案内も来てましたね・・・」 「うん、web研修や座学もあるけど、他の店舗のレイアウトみたり、イベント見学したり、催事の応援にいったりすることもあるから」 「楽しみです。」 麻衣はグラスに口をつけた。 「出張とか、大丈夫なんですか、里見さんは」 宮野が尋ねる。 「うん、全然大丈夫だよ。宮野さんは、ダメなの?」 「いや、出張はいいんですけど・・・。飛行機が、ちょっと、苦手で。」 席にいた皆が笑いだす。 「そんなの、新幹線でいけばいいだけじゃないか」 「そこ心配するかー」 「でも、北海道とか、沖縄とか・・・まあ、そのときだけ、我慢すればいいんですけど」 目尻を下げて照れ笑いする宮野を横目に、麻衣は笑顔を作りながらも、ちょっと変わった人かもしれない・・・と怪訝に思っていた。 「弁当ですか」 ある日の昼休み、持参した弁当を自席で食べていると、宮野から声をかけられた。 「うん。・・・まあ、残り物詰め合わせ弁当だけど」 夕飯のおかずを母に少し多めに作ってもらい、それと自分が作った惣菜を組み合わせて、毎朝弁当を詰めてもってくるのが日課になっている。 「バランスよさそうで、いいですね」 コンビニの袋から、菓子パンを取り出して、かぶりつく。 「まあ、菓子パンよりは・・・。食堂いかないの?」 「ええ、今、金欠なんで」 そういってペットボトルのフタを開けた。 「金欠なら、ペットボトルの飲み物じゃなくて、水筒でも持ってきたら?」 「水筒・・・」 そういって、麻衣のデスクの上を見る。麻衣のデスクには、お茶の入った水筒が二本、並んでいる。 「あ、私は、コーヒーと、お茶、二本持ってきてるんだけど・・・ペットボトルも、せめてスーパーで買うと、50円くらい安いよ・・・?」 なんの気もなく話したことだったが、宮野は驚いていた。 「50円も違うんですか・・・?それは、知らなかったです・・・」 今度は、麻衣が驚く。 「えっ・・・そうなの?店や物によっては、もっと安いこともあるけど・・・スーパーは行かないのかな?」 「行かないです・・・ほぼコンビニしか行かないんで・・・」 そうか、そういう人もいるか、と麻衣は愛想笑いで答える。 「まあ、コンビニは、店舗も狭くて置いてあるものも絞ってあるから探す時間もかからないし、並ぶ時間も少なめだし・・・お金よりも時間を重視する人向けなのかもね」  そういってから、弁当に箸を戻す。普段の同僚との会話として特別なことを言ったつもりはなかったが、宮野から視線を感じる。ふと見ると、こちらを見ていた。 「そういう見方で、お金と時間を考えられるんですね。・・・里見さんは、いい奥さんになりそうです。」 斜め上の言葉に、麻衣は呆気にとられる。 「な、何、それ・・・」 「あ、、、すみません。今のセクハラになりますかね・・・なら取り消します、すみません。」 急に慌てだす宮野の様子に、再び唖然とする。やっぱり、ちょっと変わった人だ・・・と麻衣は改めて思った。  変わった人だと思いながらも、研修や仕事で同じになることも多く、麻衣は少しずつ宮野と打ち解けていった。お互いに協力し合いながら、チームの課題をクリアしていく。麻衣は、初めての仕事に慣れるには少し時間がかかるタイプだったが、宮野は適応力が高いらしく、すぐに順応することができる。一方で、熟慮が必要な問題には麻衣のほうが慎重で、勢いで突っ走りそうな宮野にブレーキを掛けたりと、少しずつお互いをサポートできる関係を築いていった。
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