6月

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6月

 早耶の結婚式が終わった後、二次会が始まるまでの間、麻衣は会場近くのカフェに席をとり、カフェラテを前に披露宴でとった写真を眺めていた。入場、ケーキ入刀、ファーストバイト、キャンドルサービス・・・。どれも、早耶が最高の笑顔をしている。旦那さんは・・・どれも緊張しているようだ。写真を眺めているとひとりでに笑みがこぼれる。式の後、麻衣と二人でとってもらった写真もある。  やっぱり、花嫁さんは、その日の主役。綺麗だ・・・と麻衣は思う。早速共有アルバムを作って早耶に送る。カフェラテを一口飲んだ後、早耶と麻衣の二人で映した写真を、直紀にも共有した。送ったあとで、またせっつくような感じになってしまったかな、と思ったが、まあ、どう受け取るかは、本人次第だし、このくらいいいよね、と思い直す。  先月、喧嘩した次の日の夜、直紀から着信があった。直紀は、麻衣が電話に出ると、即、ゴメンと謝った。 「挨拶にいこうとは思ってるんだ。・・・ただ、行く前に、麻衣の両親に認めてもらえるような、胸を張って自慢できるような実績を仕事で作りたいって思ってて。」  私が好き、っていうだけじゃあ、認めてもらえないと思っているの?この前約束した時は、そんなこと言ってなかったのに。胸を張って自慢できるような実績って、具体的には何?・・・でも、自分だって何か仕事を実績を、と問われたら、すぐ具体的に答えられるようなものがあるだろうか・・・。ぐるぐるといろんな考えが頭の中を巡る。 「・・・何か、目標にしていることが、あるんだ・・・?」 麻衣は、ぽつりと言った。 「・・・うん。・・・ある。」 聞こえてきた声からは、小さな意志は感じられた。多分、声に出して宣言するのは躊躇するけれど、自分のなかで、こうなりたい、と思っているものがあるのだろう、と麻衣は感じた。 「わかった・・・。私も少し意地になってたかも。押しが強すぎたね。」 小さな声で伝える。納得しきれてはいないが、自分にも言い聞かせるように、言葉にした。 「もう、怒ってない?」 「すぐに抑えるっていうのは無理だけど、直紀の気持ちは分かったから。うん、怒ってないよ。」 「麻衣・・・」 直紀の声がほっとしたように緩む。結局、麻衣は直紀のことが好きなのだ。惚れた弱みか・・・と苦笑いをして話題を変える。 「夏休み・・・いつにしようか?」 毎年、夏休みは時期を合わせて取得するようにしている。そろそろシフト希望を出さないといけない時期だ。 「7月の終わりか、8月のはじめあたりで、どう?・・・それで、今年は旅行に行こうよ。いつも俺の家ばっかりだから・・・。」 珍しく、直紀から提案があった。直紀なりに、機嫌を取ろうとしてくれているのだろう。麻衣の顔がすこしほころぶ。 「うん、行きたい・・・」 「麻衣、どこか行きたいところある?」 「言い出すと、たくさん出てくるよ。海、山、テーマパーク・・・。」 麻衣の声が少しずつ明るさを取り戻していく。 「じゃあ、日程だけ合わせて、どこ行くかは調べて持ち寄ろうか。」 「うん、明日出社したら、予定確認してみる。」 「俺も。」 声を聞くと、そばに行きたくなってしまう。電話が終わる気配に、麻衣はさみしくなる。 「直紀・・・」 「ん?」 「会いたい。」 小さく呟く。 「・・・俺も。」 直紀の声のトーンも下がる。 「・・・じゃ・・・また、ね。」 「うん、連絡する。」 「うん、じゃあ」 そういって、思い切って電話を切る。 べつに、結婚にこだわってるわけじゃない。ただ、そばにいたい。そばにいてほしいのに。直紀に触れたい。触れてほしい。そのまま、麻衣は、ベッドに顔を伏せて、少しだけ、泣いた。
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