7月(3)

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7月(3)

 ゆっくりと瞼を開くと、ビジネスホテルの部屋の内装が映る。そうだ、今日は出張から帰る日だ・・・と思い、時計を探してみると、5時を過ぎている。窓の外は明るくなり始めていた。  トイレにいきたい・・・と体を起こして、はっとした。ここは、自分の部屋じゃない。隣では、宮野が裸でぐっすりと眠っている。自分も、服を着ていない。  ああ、そうだった・・・、と麻衣は両手で顔を覆う。酔って記憶がない、なんてことは今まで一度だってない。いっそのこと、そうなってくれればよかったのに。・・・昨日のことは、しっかり覚えている。  麻衣は、そっと自分の服を拾い上げ、身に着けると、バッグをもって、物音を立てないように静かに部屋を出た。  帰りの新幹線で、宮野は無言だった。不機嫌そうな顔をしている。麻衣も、静かに窓の外を眺めていた。フロントで待ち合わせをしていた時間には5分遅れて現れ、謝られた。チェックアウトを済ませて、二人で世話になった店舗に行って挨拶をし、新幹線の駅へ向かった。駅で、職場の皆へのお土産を選んで買う。その間も、必要なこと以外は話さなかった。まあ、気まずいよね、と麻衣は思う。帰り際、どう話して別れようか考えていた。  これっきり・・・だよね。酔ってしちゃったことで、とくに感情も入ってないことだし・・・、と麻衣は考える。仕事も楽しくて、現地の美味しいものを食べて、テンションが上がって・・・完全に、気が緩んでいた。気が緩んでいたにしても、こんなこと・・・初めてだった。宮野が、自分を対象として見るなんて考えていなかったし、すっかり油断してしまっていた。・・・どうすればいいだろう・・・。  大人の一夜のあやまちってことで!明日からも、また同僚として、よろしく。と、明るく挨拶して帰ればいい?それとも、何もなかったかのように、今まで通り挨拶して帰ればいいか・・・?でも、今までって、どういう風に宮野くんと話していたっけ・・・?  麻衣がいろいろと考えを巡らせるなか、ふと、隣を見ると・・・宮野は、座席に頭をもたれかけて、寝ていた。 たしかに、昨日はあんまり寝てなくて・・・寝不足だし、・・・だけど。麻衣は呆れた。そして、少し腹が立った。やっぱり、その程度のことなのだ。思い悩んでいた自分がなんだか悔しくて馬鹿らしくなってしまい、麻衣も窓に頭をもたれかけて目を閉じた。 「里見さん、着きますよ。」  新幹線の案内放送にぼんやりと目を覚ましかけたところを、宮野が肩をたたいて声をかける。 「あっ・・・、うん。」 降りる用意をし、デッキに向かう人の列に並ぶ。 駅に到着し、荷物を持ってホームを歩きだすと、宮野が声をかける。 「じゃあ、自分、乗り換えこっちなんで。お疲れさまでした。」 「あ、お疲れさま・・・」 麻衣は手を振る。宮野は、軽く頭を下げると、階段を下りていってしまった。 麻衣は、ああ、宮野にとって、やっぱりその程度のことだったのだ、と少しがっかりしていることに気がついた。もしかしたら、宮野は何も覚えていないのかもしれない。そのほうが・・・と無理やり納得してみる。そして、直紀のことを思いだす。出張が終わったら、直紀との久しぶりの旅行だ、と楽しみにしていたのに。
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