第一章

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 飲料水や工業用水を確保するための水資源組織『ティアーズ』に所属している僕は、レイピアに乗って狭間の雲の表層で水を確保するのが任務だ。  雲よりも高い位置に浮いている天空都市と、雲よりも低い位置に浮いている空中都市。その間を隔てる雲の壁。それが狭間の雲と呼ばれている。表層、裏層、深層と分かれていて、雲の底へ沈めば沈むほど、雲の性質が人間には耐え難いものに変容していく。  表層に沈んで、雲の中を自由に泳いだ。  レイピアが背負っている採水ネットに水を貯めていく。顔に付着した水滴を指で掬って舐めてみると、わたあめを溶かしたようにほんのりと甘い味がする。ミツバチレース『イエローバレッド』の屋台で妻のエルマとハニートーストを食べたことを思い出す。  ミツバチに制御指令のできる蜂笛『カガリネ』を使って、雨雲の多い場所に誘導できるもの、僕とレイピアは行動を共にした時間が長いため、蜂笛を使わずとも自然と意思疎通を図ることができた。ミツバチにだってちゃんと感情があるのだ。 「……あ」  天空都市の暮らしは至って平穏だ。  誰かの物語になるような冒険もない。人類未踏の地なんてどこにもない。みんな言わないだけで、どこかに『海』や『地上』への憧れがあるはずだった。未知なる冒険がしたいという気持ちと、エルマと一緒に安穏な日々を過ごしたいという気持ちが混ざり合う。
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