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アルゴスは忌々しげに顔を歪め告げる。
「取引先の商会長と商談をしているときに、お前のことが話題に挙がったんだ」
「え? 僕が、ですか?」
「そうだ。なんでも、娘さんがお前に惚れたそうでな。それで、ぜひとも紹介してやってほしいと言われた」
「……はい?」
思わず間抜けな声が漏れる。
今聞いた話がにわかには信じられなかった。
商会の会長令嬢が僕に惚れる?
いったいなんの冗談だろう……
目の前の三人も気持ちは同じらしく、眉間にしわを寄せため息を吐いていた。
「お前にも分かるな? そんなことはありえないし、あってはならない」
「まったくですな。こんなみすぼらしい格好をした、男か女かも分からない根暗な奴に惚れるなんて」
「しかもそのご令嬢は、芸術においてはあふれる才気をお持ちで、それでいて容姿端麗と評判だ。それがお前に惚れるなど、ありえない」
「ぅ……」
散々な言われようだが事実だ。
僕自身が一番よく分かっている。
「俺たちもお前のような奴のせいで恥をかくわけにはいかないのでな、なにかの間違いだろうと、丁重にお断りしたわけだ。そしたら、先方は酷くお怒りになって取引は破談となった」
「そう、ですか……」
なんだろう、このいたたまれない話は。
どう反応していいか分からない。
そもそも取引相手を怒らせたのは、最終的にアルゴスたちの自業自得じゃないか。
しかし彼らは、憎しみを込めた視線をぶつけてくる。
「お前のせいだ」
「は、はいっ? ちょっと待ってください!」
「お前さえいなければ、儲けることができたんだ。それを台無しにしたお前の罪は重いぞ」
「会長のおっしゃる通り。たかが雇われの護衛風情が調子に乗るからいけないのだ」
「そんなむちゃくちゃな……」
「黙れ! もうお前の顔も見たくないわ! 今この時をもってリン・カーネル、お前を解雇とする! さっさと出て行け!」
アルゴスは机に身を乗り出して、バンッと怒りのままに拳を叩きつけて怒鳴る。
もはやこれ以上の会話は無意味だ。
「……今までありがとうございました」
僕はなんとか顔が歪むのをこらえながら、ボソボソと告げて立ち去った。
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