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「遅い!!」
「ごめんよ……寝坊しちゃったんだ」
よく晴れた青い空の下、シェルビーハンプの町の一角にある広場の中。荷馬車の側で少女が目の前にいる少年に向かって怒っていた。腕を組んでむすりとした顔の少女の前で、少年が両手を合わせて拝むように謝っている。
「寝坊したって遅すぎよ! 今何時だと思ってるの! もう昼前になるじゃない! 父さんは朝から働きづめてるっていうのに!」
「うう、本当にごめん……寝坊するつもりなんてなかったんだ。その分今日の手伝いは頑張るからさ。どうかこの通り!」
少年は頭も下げて強く少女に謝罪する。少女はしばらくそんな少年の姿をじっと見つめると、やがて組んでいた腕を静かに下ろした。
「わかった。今日の荷造り頑張ってくれたら許してあげる。その代わり! 休んじゃだめだからね! 私しっかり見張ってるから! ちゃんとしてよ!」
そう言って少女はその場から離れていく。なんだかまだ怒りたりないような様子に見えるそんな少女の後ろ姿を目で追いながら、少年――アルメットはふう、と大きく息を吐いた。
「大丈夫か? アルメット」
後ろから声を掛けられて、すぐさま振り返る。そこにはハンチング帽を被った恰幅のよい中年の男が歩み寄ってきていた。
「ローランドおじさん! ごめんなさい! 今日はこんな時間まで遅れてしまって……頑張って働きます!!」
男――ローランドに向かってアルメットは勢いよく礼をする。すると、ローランドは片手を前に出して、否定をするように手を振った。
「いやいや、いいんだよアルメット。そんなに謝らないでくれ。もともと手伝ってもらってる身なんだから。来てくれるだけでこっちとしては有難いよ」
「そんな! おじさんは朝から働いてたのに……それで俺はこんなに遅れてきてしまって……申し訳ないです。ちゃんと働きます!」
「ああ、ティアはそう言ったが、私もそんなに働きづめてはいないよ。ただ早くに動いていた方が後々が楽だと思ってしていただけのことさ。大した事でもないのに、アイツも大げさな事を……」
さきほどに少女が去っていった方角を見つめながらローランドは言う。
「いや! ティアが言ったことは当然の事であって、俺が悪いのも当たり前ですから! それに働かざる者食うべからずってよく言うでしょ! 俺も頑張らないと!」
ローランドはふう、とひと息吐くとアルメットの肩をポンと叩いた。
「アルメット。お前は心優しい子だ。小さな頃から働き者で、みんなの役に立っている。だがな、お前はもう少し自分を甘やかしたほうがいい」
「え……?」
「人の役に立つ事は素晴らしい事だ。だが、お前はまだ若いんだ。失敗することも、遊ぶことだってたくさんしたほうがいい。お前は働くこと以外で何かしたいことは無いのか?」
「したいこと……」
したい事なんて、考えたことが無かった。だって、自分は皆の役に立てれればそれで満足だったから。逆に言えば、それが自分のしたい事だと思える。
しばし考え込んでアルメットがうつむいていると、そのうちにずいとローランドが顔を近づけてきて、意地悪そうに笑った。
「それにそんなに若いうちからキリキリしてると、俺と同じ年になった時に俺より老けてるかもしれんぞ?」
「え!?」
「はっは、冗談だ。さて、それじゃあいつもの手伝いをしてもらおうかな。まずはそこにある物を順に乗せて行ってくれ。それが終わったらハザウェイの家にまだ集荷に行ってない荷物があるから、後で一緒についてきてもらおうか」
「わ、わかりました!」
「頼んだぞ。あ待てよ、ロープはどこに置いたかな……」
ローランドはそう言うと、傍に留めてある荷馬車のシーツが掛けられた荷台の上に乗って入っていく。アルメットも言われた事を始めようと思い、荷馬車の近くに山のように積まれた荷物の方へと歩み寄った。
(……! そういえば、ティアに夢の話できなかったな……)
積まれた荷物の中の大きな包みに手を掛けた時、ふとアルメットは忘れていた事を思い出した。
(あの様子じゃあ聞いてくれないよな……)
包みの端を両手で持つと、それを軽々と持ち上げる。
(……)
何の苦も無く、手に持った包みの一つを荷台まで運び終えると、アルメットは少しの間立ち止まった。
――一体、あの夢はなんだったのだろう。
真黒で、真っ暗な空間の中。最初、自分一人だけしかそこにはいなくて、今までの事や自分の事、自分の名前すら分からない。
とても、恐ろしかったあの夢の事。
恐怖でどうしたらいいかも分からず、ただただ神に祈るしかなかった。
そして、夢の最後に見たあの光景――。
(……鎧の……人)
最後に夢で見た光景――それは、自分の体格よりもずっと大きくて、重々しい白い鎧を纏った人物が、その手に持った銀色に光る直剣を自分の首めがけて振るう光景だった。
今思い出すだけでも、とても鮮明でとても恐ろしい思いをした。
(もう、あんな夢二度と見たくないな……いや、気にしてても仕方ない。ティアに言ったことを守らないと!)
荷物の前で首を数度大きく振るって、パンパンと自らの両頬を叩くと、気を取り直してアルメットは荷造りの手伝いを励むのだった――。
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