第一章 目と目が合って、おひさしぶり

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「あー、テステス。ただいまマイクのテスト中。おーい、キミたーち! 大丈夫かーい! いやー、おじさん見てて感動しちゃったよ! 子どもを助けるために蒸気機関車の前に飛び出すなんて! 勇気がありすぎる中学生のキミは、ひょっとしてアクションスターかなっ!?」  スパンコールのスーツをキラキラと輝かせた男性が、なぜかマイクを使って大げさに叫びながら駆け寄ってくる。状況が呑み込めずに固まっているマコトと子どもの腕をつかんで立ち上がらせると、男性はマコトの腕だけを勢いよく真上に掲げた。 「このようにっ! デジタル世代の現代っ子でも思わず本物だと錯覚して救助に走ってしまうほどの圧倒的クオリティ! 最新デコレージョンの新たな可能性を、ぜひ皆さんもあちらのブースでご体感あーれっ!」  いつの間にか二重三重にできていた周囲の人垣が、男性のその一言をきっかけに、わっと大きな歓声を上げる。中にはマコトへの労いの言葉や拍手なども混ざっていたが、当の本人にそれを受け入れる余裕はなかった。呆然と目を瞬きながら、マコトは首をゆっくりかしげる。 「……でこれーじょん?」 「にいちゃん、やっぱり知らなかったのかよ。デコレージョンっていったらリアルな立体映像のことじゃん。さっきの機関車とか、マジですごかっただろ?」 「え!? あれ、立体映像だったの!?」  どう見ても本物だった。それこそ、ぶつかる寸前まで近づいたというのに、映像だとはまったく気がつかなかった。けれど確かに、さっきの蒸気機関車は影も形もなくなっている。それどころか、地面にはレールすら敷かれていなかった。 「ファントムカンパニーが誇る超最先端映像技術、デコレージョン! テレビや舞台に留まらず、いまでは日常生活にまで浸透しているから、中学生のキミも名前くらいは知っていると思ったけどね!」  マイクを切ったスパンコールスーツの男性が、振り返りながら、びしっと指を差してくる。その勢いに思わず背筋をぴんと伸ばして、マコトは何度も大きくうなずいた。 「あ、はい。デコレージョンは知ってます。このマーケットの屋台の上にいるトナカイとかも、デコレージョンですよね。でも、あの蒸気機関車はトナカイとは全然違いました。本当に本物みたいでした」 「はい、ひゃくてーん! 百点満点のお答え、ありがとう! そう、ファントムが次に目指すべきはウルトラリアル! 今回の蒸気機関車は、そのデモンストレーションを兼ねた出展だったんだけどもね! キミの純粋かつ勇気ある行動のおかげで、たくさんのお客さんにデコレージョンのウルトラリアルを伝えることができたというわけなんだよ!」  ありがとうありがとうありがとう、と。男性につかまれたままの両腕を激しく上下に振られながら、マコトは考える。ということは。つまり。 「……ボク、本当にキミが遊んでいるところを邪魔しちゃっただけなんだね」  男性に腕を解放されたマコトは、がっくりと肩を落としながら子どもに向けて頭を下げる。「びっくりさせて、ごめんなさい」 「……別に」  子どもは驚いたように目をぱちぱちさせたあとで、そっと視線を落とした。 「別にいいよ。そりゃ、びっくりしたけどさ。……にいちゃんは、おれを助けようとしてくれたんだろ?」 「う、うん。まあ、それも全部ボクの勘違いというか早とちりみたいなもので――」 「それでもさ」マコトの頼りない言葉を力強い語調で遮って、子どもが続ける。そうして、ひどくうれしそうに、少しだけ照れくさそうに、笑った。 「ヒーローみたいで、ちょっとだけかっこよかったよ」
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