第一章 目と目が合って、おひさしぶり

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 想定外の寄り道をしてしまったものの、当初の目的地へと向かうマコトの足は軽やかだ。ヒーローという言葉と子どもの笑顔を思い出すたび、胸がくすぐったくなる。年配の女性が拾ってくれた赤いマフラーで隠した口元は、さっきから緩みっぱなしだった。怪我がなくてよかった。怖い思いをさせずにすんでよかったと、心から思う。  けれど、ひとつだけ。マコトの胸の奥底に、小石のようなものが沈んだまま残ってしまった。マコトが助けた子どもは、一緒に遊びに来ていたらしい五人の友達と合流して、別のイベントへと元気に走って行った。その後ろ姿を見送りながら、マコトは自分の心の中を冷たい隙間風が通り抜けていく音を聞いてしまう。  マコトにも、仲の良い友達はたくさんいた。中学校の同級生や、部活の部員たち。近所の神社の金髪の宮司や、賢い犬と散歩している穏やかな老人も、マコトのことを友達だと言ってくれた。だから、さみしいと思うのは間違っている。けれど、なぜだろう。いつも、なにかが足りない。とてもとても大事だったはずの、なにかが。 「……あ」  いつの間にか目線を地面に落として歩いていたので、もうとっくに目指す場所にたどり着いていたことにも気がつかなかった。  マコトがクリスマスマーケットに来た理由。休み時間にクラスメイトとデバイスを操作しているときに目に入ったもの。どこか恐ろしいような、どこか懐かしいような感覚を覚えた、不思議なオブジェクト。それがクリスマス本番を四日後に控えた今日の夕方に初めてライトアップされると知って、家に戻って着替える時間ももどかしく、学校からそのまま来てしまった。 「これが…氷の城……」  噴水にあったクリスマスツリーほどの大きさはないが、繊細なデザインと透き通るような質感に圧倒されてしまう。決して触れてはいけない美術品のような神々しさを前にして、マコトの口から思わずため息がもれた。 「わあ、綺麗! これって本物の氷でできてるの?」 「いや、さすがに東京の気温じゃ溶けるから無理だろ。ガラス……ってわけでもなさそうだし、何だろうな」 「ひょっとしてデコレージョン? ほら、さっきの蒸気機関車とかすごかったじゃん?」 「だったら、この氷の城だってファントムカンパニーが同じブースで宣伝してるはずだろ。それをしてないってことは、やっぱり実体なんだって。ほら、触るなって書いてある」  カップルらしい二人組のやり取りを聞いていたマコトの耳が、ふと別の方向から聞こえてくる規則的な音をとらえる。それがカウントダウンだと気づいたころには、もうすでにたくさんの見物客が氷の城を取り囲んでいた。同じ物を見上げて同じ時を待つ、大きな輪の中の一部になって、マコトもごくりと固唾を呑む。
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