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ふと、助けた子どもの背中を見送ったときの切なさや、仲の良い小学生グループに対して覚えたさみしさを思い出した。マコトが、ずっと失ったと思っていたもの。マコトが、ずっと欲しいと思っていたもの。それは、きっと。
「ボクたちには、まだほかに仲間がいるんだと思う」
まるでマコトのその言葉をきっかけとしたかのように、氷の城のライトアップが変化した。青色や紫色をミックスした光が、緑色から黄色へのグラデーションになる。時間の経過で、自動的に切り替わるシステムなのだろう。
ミサキからの返答はない。沈黙を肯定と受け取ったマコトは、切り口を変えて会話を続ける。
「ちょうど、こんなクリスマスの時期だったっけ。小学三年生の冬に、ボクたちはこの世界から別の世界に飛ばされた――そうだよね?」
「ええ。どうしてそんなことになったかは思い出せないけど、別に理由なんかどうでもいいわ。大事なのは、飛ばされた先でアタシたちがなにをしたかよ」
長い髪の先を細い指でいじりながら、異世界転移などという不可思議な現象すら、なんでもないことのようにミサキは言い放つ。その姿は三年前とまったく変わることなく、マコトの目に頼もしく映った。
「よりにもよって、雪と氷の世界に行くことになるなんてね。本当に最悪だったわ」
「ミサキちゃん、寒いの苦手だったもんね。もともと、あの世界は一年を通して冬みたいに涼しかったみたいだけど……ボクたちが移動してきた直後は、異常なほど天候が荒れ狂っていた」
「住人たちの心だって冷たくなっていたわ。あの――『氷の女王』のせいで」
ミサキの小さな紅い唇から、その名前が音として産まれた瞬間。マコトは、周囲の空気が一度も二度も下がったような錯覚に襲われた。さすがのミサキも、思うところがあったのだろう。いつもの勝ち気な表情に、わずかな緊張の色が浮かんでいる。
――氷の女王。それは、平穏な雪の世界を混乱に陥れた元凶。異世界の人々を救うために、そしてマコトたちが元の世界に戻るために、絶対に倒さなければいけなかった存在。
「……ねぇ、ミサキちゃん」仇敵の名前は鮮明に覚えている。恐ろしさも、おぞましさも。けれど。「こうして無事に戻ってこられたってことは、ボクたちはちゃんと氷の女王を倒せたんだよね?」
現状から考えれば、マコトとミサキは確かに氷の女王を倒したはずだ。それなのに、なぜだろう。どこからともなく現れた不安が、胸の奥で霧のように広がっている。
「なに言ってるのよ、当たり前じゃない」
そうだ。一緒に異世界を旅したミサキが断言するのなら、きっと間違いない。心配することなど、なにもない。自分自身に言い聞かせてから、マコトは小さく笑ってうなずいた。
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