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勇者様と買い物
「そっちじゃなくて、こっちなんですけど…」
「君の服を買いに行こうと思って。行こう」
手を差し出される。私が歩くと飛んで来るって言ったはずよね、石と卵が。
ぐいっと優しく腕を取られて洋服店に入る。不思議と誰もこっちを見ていなかった。
「いらっしゃい!」
「君の髪に合わせるなら白か淡いクリーム色とかかな」
「ご試着なさいますか?」
ニコッと寄ってくる店員。思わす後退る。やばいやばい!
店員は何も言ってこずに、カーテンのかかった試着室に服と一緒にそっと押し込む。
勇者様に何か言われているとか?早く終わらせないと帰れない。
差し出された着た事もないワンピースとかを着て見せて、なんとか終わった。
勇者様は何着かの服を包んでもらって、また歩き出す。
「今度は靴だね」
「私もう帰らないと……」
「大丈夫だって、石とか卵を投げてくるのは貴族どもだから。街の人じゃないんだよ」
そうなの?知らなかった。
「今日は街に貴族なんていないから、安心して買い物を楽しもう!」
初めてよ、何も気にしないでお買い物したの。
誰も私の事を気にしてないのも。
じゃあ食べたかったアイスも、屋台の串焼きも食べていいの?
「お金は……」
「俺の奢りだから気にしないで。気になるなら聖剣のお代から引いてくれていいよ」
正直楽しかった。「いらっしゃい!」って言われて、おまけとか付けてもらったり食べたかったものを食べたり。
空ってこんなに広かったんだ。いつもフルヘルメット越しに見ていたから。
街っていろんな色があったんだ。サングラス越しで分からなかった。
気が付くと街灯がつくほど暗くなりつつあった。
「そろそろ行こう。メリルが待ってる」
山盛りの荷物を片手に持って私の手を握る勇者様。
やっぱりこれは夢だ、ありえないもん。
「ありがとうございます、勇者様。楽しかったです」
「……ル」
「え?」
「勇者様じゃなくて、カイル。俺の名前。敬語も様もいらない」
呼べってこと?勇者様は貴族様よね。
また真っ赤になる勇者様は、荷物に顔をくっつけていた。
夢なんだしいいかな。勇者様ってなんだか可愛い。ふふ
「カイル、ありがとう!とっても楽しかった!」
ぐるっとこっちを向いた勇者様…カイルは、もっと顔を真っ赤にしてへにゃっと笑う。
「また来ようね。ケイカと遊ぶの楽しいから」
「いいの?」
「もちろん!」
笑いながらスイスイの方へ歩いて行く。このまま目が覚めないで欲しいなぁ。
だめかなぁ。ひょっとしたらお父さんやお母さんにも会えちゃうかもだし。
『ケイカが楽しそう!よかったね!』
精霊たちが寄ってきて嬉そうに私の顔の周りを飛ぶ。笑顔のメリルさんとカイル、私を乗せてスイスイは上機嫌に島へ帰る。
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