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発掘の罠
僕は久しぶりに帰ってきた教授室をウロウロとしている。埃は最大限に降り積もり、僕が動くたびに日の光の中でキラキラと舞う。
物事というのは、必ず仕上げというものがあるもので、僕は今それをするために、あごに手を当てたまま右に左に行ったりきたりしていた。
「そろそろくる頃かと思います。僕はどうやって待ってましょうか? 発掘品を組み立ててるがいいでしょうか?」
書斎机を回り込んで、本の群れを追い越す。立ち並ぶ窓の前でやってみようとしたが、いや都合がよくない。僕はピタリと歩みを止めた。
「いえ、それではソファーから遠くなってしまいます」
書斎机を正面にして、その奥をじっと見つめる。あそこにある立派な両開きのドアは今日も破壊されるだろう。僕が待ち受けている人物は入ってきて、ソファーの背を簡単に飛びこし寝そべるのだ。そして、ミニシガリロの青白い煙を上げて話し始める。
そうなる前に、何とか仕上げをしなくてはいけない。僕はにっこりと微笑みつつあごから手を離した。
「ですから、本を探してましょう」
この部屋の本はどこに何があるか、僕にはわかっている。そのページの何ページに何が書いてあるかも記憶している。だが、何度読んでも新しい発見をして面白い。手を出せば、時間などあっという間に忘れてしまう代物。
だからこそ、今は危険なのだ。僕はただ本を開いて読んでいるフリをする。すると、一分もたたないうちに、扉の向こうからガサツな男の声が響き渡った。
「おう! いんだろ?」
心臓が跳ね上がりそうになる。僕はできるだけ本に集中しているフリをして、じっと待ち構える。ドアは激しく忙しなくノックされ続ける。
「開けろや」
「……」
それでも、僕は粘り強く本から視線を上げなかった。そして、あきれたような声が聞こえてきた。
「しょうがねえなあ。ふっ!」
息を詰めるような吐息がもれると、ドカンと爆発するような音を立てて、ドアが破壊され倒れてきた。掃除の行き届いていない部屋の埃を盛大に巻き上げる。
「どこにいやがる?」
金属の擦れる音が聞こえると同時に、ガタイのいい男――明引呼が姿を現した。僕は今頃気づいたというように、本から顔を上げ、驚いたフリをする。
「おや? きたんで……」
「てめえ!」
明引呼は言って、素早く間合いを詰めると、僕の胸ぐらをつかんで、そのまま勢い余ってソファーに押し倒した。持っていた本がパサンと床に落ちる。
「っ!」
二人の口から苦痛の吐息がもれる。明引呼の長めの髪が淫らに頬に絡みついているのを、僕は下から見上げた。ソファードン。
「どうして、そんなに怒ってるんですか?」
予想通りのいい反応だ。僕はそう思った。
明引呼のアッシュグレーの瞳はいつもにも増して鋭くなっている。
「てめえ、五年も帰ってこねえで、死んじまったと思うだろ。心配させやがって、怒りたくもなんだろ」
「僕を押し倒してるのはどういうことですか?」
明引呼は確かに熱い男ではあるが、分別の利かない性格ではない。僕は落ち着き払って聞き返した。
「てめえがいなくなっちまったって、考えたらよ。どうしたらいいかわからなくなってちまって。人にどう思われようがそんなこと、もうどうでもいいんだよ」
明引呼が話すたびにソファが押し込まれ、僕の体が上下する。
「ええ、ええ。で、どういう心理なんですか?」
この男がこんなに取り乱すとは思わなかった。
明引呼はそこでやっと気づいた。僕がやけに落ち着き払っていることに。唸るように吠える。
「てえめ……!」
「これは僕の軽い罠です」
殴りかかりそうな明引呼の手を、僕はにっこり微笑みながらつかんだ。
どれくらい自分を想っていてくれるのか、知りたかったのだ。いつまで経っても縮まらない距離にいい加減待ちくたびれたのだ。
明引呼は両膝だけでソファーの上に立ち、押し倒したままの僕にふざけて軽くパンチを放つ。
「嘘つくんじゃねえよ。半分以上はマジボケで、一年のつもりが五年になっちまったんだろ」
「んんっ!」僕は気まずそうに咳払いをして、「五年待たせた方が、君の気持ちも盛り上がるかと思ったんです」と言い訳をする。
僕からは見えないが、おそらくドアの向こうで女子大生たちが集まって見ているだろう。明引呼はそれを頬で感じている。
ふと言葉が途切れ、詰め寄るだけならよかったが、ソファーに押し倒してしまって、格好がつかない。言葉を選ぶ明引呼の瞳を僕は逃さないようじっと見つめた。
たっぷり三分は過ぎただろうか。明引呼の唇がゆっくりと動いた。
「……俺に言わせる気ってか?」
「罠にはまったの君です。ぜひそうしてください」
「てめえが主人公じゃねえのか?」
アッシュグレーの瞳にカメラが映っているのを、僕は見逃さなかった。ここまできたのなら、仕上げは華麗にしたいものだ。のらりくらりと交わそう。
「僕はあまりそういうことにはこだわらない性格なので……」
明引呼は肘をソファーに落として、僕を腕の中に閉じ込める。僕の乱れた髪を節々のはっきりした指先で払い、いつもと違う優しい顔をした。
「俺を助手にしろや。惚れてんぜ」
「君と僕とで愛の舞踏会を開いちゃいましょう」
重力に逆らえず落ちてきているペンダントヘッドを、僕は指先で弄ぶ。
「相変わらず、頭の中お花畑でいやがる。キスすんだから黙れや」
「僕の恋人はよくしゃべります」
明引呼はペンダントヘッドを触っている僕の指先を捕まえる。
「てめえみてえに余計なことは言ってねえんだよ。早く言えや。俺にだけ言わせやがって」
「キラッキラに愛してます」
二人の視線は絡まりに絡まって、男の顔で微笑む。そっと目を閉じて、どちらともなくキスをした。その瞬間、廊下から黄色い声が上がった。
「きゃああ! リアルBL、カッコいい!」
ビリビリと鼓膜を震わせる声が響いても、二人のキスは続いていた。
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