1982年のスマートフォン

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* 「将来、ぼくは漫画家になれないのですか?」 ぼくは遂に気になることを聞いてみた。 「残念ながら」 スマートフォンの画面のmeが、申し訳なさそうに首を横にふった。 「そうですか…」 ぼくは、がっくりとした。 「途中から、漫画家ではなく、脚本家や小説家もめざしてみたのだが、ニ十六才のときに一度だけ新人賞の佳作をもらっただけだ。賞金は十万円。授賞式もなし、雑誌への掲載も無し。その後、あらゆるチャレンジをしたが、それっきりだった。決して出版されることはなかった。三十二才であきらめて、結局は、大手の学習塾の英語教師として再出発した。十年務めて、独立した。なんとか、妻と食べていけているよ。子供はいないが、フレンチブルドックがいる。時々、温泉旅行に行く。最近は、犬も連れていける旅館やホテルも増えたのだ」 meが、にっこりとした。 とても、おだやかな表情だった。 ぼくは思った。 彼の人生を否定してはいけない、と。 「幸せなのですね」 「若いころに想像していた未来とはだいぶん違うが、これで良いと私は思っている。だけどね、ハルキくん、きみはこれからなのだ。未来は変えられる。きみは漫画家になりたいのだろう?その情熱は誰にも消すことはできない。かつての私も、未来からきた中華料理屋の自分に同じようなことを告げられたが、あきらめきれずに必死に挑戦したのだから」 「中華料理屋?」 「そうだ。中華料理屋になる未来の選択肢もあったわけさ。だから、漫画家にだってなれるかもしれないじゃないか」
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