1982年のスマートフォン

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「だから、私はきみなんだ。担任やクラスメートの名前とか、すっかり忘れてしまっていることもあるけれど、たくさん憶えていることだってある。お望みなら、きみしか知らないことを、いろいろと話すこともできる」 「でも、あなたが夢や幻覚なら、ぼくのことを知っていても驚くことではないでしょう」 「まあね、それはそうだ。自分自身と話しているという意味では正しい。ただ大きく違うのは、私は現実の人間であって、実際に未来に存在している。空想や妄想、虚構ではないのだ。だから、きみの現実へ直接的な力を及ぼすこともできる」 なんだか脅迫されているみたいだ、とぼくは警戒した。 「直接的な力って、どういう意味ですか?」 「大丈夫だよ、心配しないで」 その男がさとすように言った。 「くり返しになるが、きみは私なんだ。私がきみに危害を与えるわけがない。まさか、自分で自分を痛めつけるような人間はいない。いいや、そういう人間も(まれ)にいるだろうけれど、私は違う。きみだって、自分をいじめたりしないよね」 ぼくは、そのスマートフォンといわれる黒い物体を見つめた。 「それは場合によります。時々、ぼくは自分自身を痛めつけたくなるのです。ひどいときは死にたくなる」 なぜか、ぼくは本音で答えていた。 こんなに怪しい男を相手に。
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