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「そうだったね」
その男は、やさしく笑った。
「かつての私らしい答えだ。実に感動的だ。ハルキくん、私はきみだった。だから、その気持ちがよく分かる。思春期のころはひどく苦しんでいたが、いまでは懐かしさでいっぱいだよ」
「分かったようなことは言わないでください」
ムッとして、ぼくが言った。
「ぼくの心は、ぼくだけのものだ。ぼくにしか分からない。いいえ、むしろ、ぼくにだって分かっていない。あなたが誰であっても、それが分かるはずありません」
「ねぇ、ハルキくん」
その男が落ちついた声で続けた。
ぼくにそっくりな声で。
「私は、きみを助けたい。つまり、自分自身をね。こんなことを伝えるのはつらいのだが、私の人生はひいき目で捉えても、あまり誇れたものではなかった。それを悔やんでいるかと聞かれれば、そうではないけれど。わずかな差はあっても、ひとの一生なんてそんなものだと思っているからね。それは諦めとはちがうよ。だけど、きみにとって、私の過去はまだ起こっていないことだ。変えようと努力すれば、それは変えられる。私がこうやって電話をかけたのも、きみの未来を良きものに変えるためなのだ」
自分の頬を平手でパンパンと叩いた。耳がキーンとするくらい、ちょっと痺れるくらいの強さで。
しっかりと痛かった。この痛みは夢ではない。現実なのだ。
現実であれば、それを受けいれるしかない。
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