前夜

1/1

4人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ

前夜

 落ち着かない気持ちのまま、わたしは明日、少しでもトモの目に可愛く見えるようにと念入りに準備をする。    着ていく服はもうきちんと畳んで用意した。いつもはジーンズやTシャツが多いけれど、明日はひらりとしたワンピース。制服以外のスカートなんて珍しいから、驚くよね。でもね、わたしだって女の子なんだもの。好きな人には可愛いって思ってほしいんだよ。    お風呂でも明日の準備。普段はごしごしと適当に洗う髪の毛を、丁寧に時間をかけて洗う。大学生の沙織お姉ちゃんのトリートメントもちょっと借りて。サラサラのロングヘアーのお姉ちゃん。ようやく肩につく程度のわたしの髪ではまだまだあんなに綺麗に風になびかないけれど、これでちょっとは近付けるといいな。  勝手に使ったことがバレると絶対に怒られるけど、今日だけはお願い。ちょっとだけ、今日だけだから。    お風呂から上がってドライヤーで髪を乾かしていると、お姉ちゃんも部屋に入ってきた。いつものように化粧水をつけたり、髪に何やらつけたりしている。いつもは『大人は大変だなぁ』なんて、まるで他人事な光景だけど、今日は違う。 『わたしも』。そう思いながらじっと見ていると、ふと鏡越しにお姉ちゃんと目があった。   「莉奈。明日はお隣の灯李(ともり)くんと出かけるんだって?」    ふふっと笑いながら言ってくる。お母さんには明日のことは言っていたけれど、お姉ちゃんには話していなかったのに。見透かしたような笑みに、気持ちまでバレてしまったかとつい顔が赤くなる。   「ね、ちょっと化粧水つけてみる? 私のトリートメントも使ったでしょう」 「え。わ、分かるの?」 「香りがするからね。でもいいよ。明日だもんね。だからね、莉奈。……ちょっと私に任せてみない?」    何だか楽しそうに言うと、化粧水のボトルを持ってこっちにやって来る。額に巻いていたふわふわのヘアバンドを外し、わたしに被せる。きゅっと額まで上げると、目の前にはにこにこと楽しそうにしているお姉ちゃんがいた。  それから長い時間をかけて、お姉ちゃんは私の顔や髪に色んなスキンケアをしてくれた。  少しひんやりとした化粧水や、とろりとした乳液をコットンでペタペタと付けられ、クリームまで塗られている間、わたしは少し緊張しながらされるがままになっていた。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加