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月満ちる/2
優しさなんだ。お互いもういい大人だ。どんな言葉が出てくるのかは大体予測済み。だからこそ、いつまでも待ってくれているというわけだ。ボクは水の中で足をもじもじさせながら、ほてった頬を冷酒の入った杯で冷やす。
「だから、その……あの……」
ボクはなんだか恥ずかしくなって、足で水をすくい上げるようにして、貴増参にかけた。
「えい!」
「やられちゃいました……」
貴増参はそう言って、嬉しそうに月を見上げている。その横顔をちらっとうかがいながら、ボクは春風が吹いたように穏やかに笑う。
「ふふっ。小さい頃こうやってよく遊んだね」
「お返しです!」
貴増参は腕まくりをした両手を水の中へ入れて、手を組んで勢いよく押した。ぴゅっと水がほとばしり、ボクの顔に命中する。
「うわっ! 貴増参、水鉄砲上手だよね」
ボクも負けじと応戦する。
「っ! 君も上手です」
「きゃあっ! えいっ!」
言いたい言葉はまだ置いておいて、ボクたちはしばらく水のかけ合いっこをして遊んでいた。
「はあ、濡れた顔に風が当たると気持ちがいい……」
びしょ濡れになるまで遊ぶとは、お互い子供みたいな時間を年甲斐もなく過ごした。ボクは両手を腰の後ろの草の上へついて、月を仰ごうとする。すると、貴増参の両手がボクの頬へ伸びてきて、彼に正面を向けさせられた。
「水も滴るいい男が、僕の目の前にいます」
ボクは彼の手を優しく払って逃げる。
「よくそんな恥ずかしいこと言えるね」
「僕は恥ずかしくはありません」
貴増参はそう言って、ボクの頬をまた両手で包み込んだ。冷えたはずの頬がどんどん熱くなる。
「貴増参って、昔からそうだったよね。ボクのこと王子さまとか平気て言ってた」
「僕は君より正直ですし、少し肝が座ってるんです」
「確かにボクは嘘を平気でつくし、ふわふわしてるかも?」
そして、沈黙がやってきた。近い距離と貴増参の手のひらの温もりが、鼓動をどんどん早くさせて、ボクは平常を保つことが限界になった。
「少し酔ったかも……?」
ボクはそう言って、がっちりとした肩に頭をもたれかけさせた。薄闇でも顔を見られるのが恥ずかしかった。貴増参が口を開くと、いつもと違うところからくぐもった声が聞こえる。
「ええ……」
今日こそ言うんだ。もう許嫁がいるわけじゃない。手が届かない存在ではない。大きく息を吸って、ボクは消え入りそうな声で告げた。
「好きなんだ。ずっとキミのことが……」
「僕も愛してます」
今までの会話でわかっていても、その言葉が聞けたことが、天に登るほど嬉しい。
「きゃあ! さっきより恥ずかしい〜!」
じっとしていることができなくて、ボクはパッと貴増参にふざけた感じで抱きついた。
「やはり君は酔っ払ってるみたいです」
斜め後ろから貴増参の顔をボクは見上げ、右へ左へ彼ごと悪戯っぽく体を揺らす。
「だよね〜。だけど、今日はとことん飲みたい気分。だって、こんなに幸せがあふれてるんだもん」
貴増参の髪の影がボクの頬に落ちて、まるでなでられているようだった。
「ハネムーンではなく、今夜はフルムーンです」
「え、ボクたちまだ三十二なんだけど……」
ボクは唇を尖らせた。そして、貴増参の癖が出る。
「僕をずっと想っていてくれた王子さまに甘い口づけを捧げましょう」
「だから、恥ずかしいってば!」
貴増参の頬に手を伸ばしてゆすぶろうとすると、その手を捕まえられた。さっきとは違う男の色香が臭う声色で、彼はボクに言う。
「目を閉じれば恥ずかしくありません」
「無理やりな感じもするけど。うん……」
目を閉じると、ガス灯の火が、まるでボクの心についたようだった。柔らかな感触が唇に咲き、虫の音と水音が耳に肌に心地いい。
胸の炎はじりじりと燃えて、熱くなって、欲望が次々とボクの中に生まれる。もっとこの時間が続いたらいいのにと願わずにはいられなかった。
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