僕が押すと決めたんです

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 その声で父さんは僕に近付くのをやめた。腕を握るチキは正気ではない顔つきでお父さんを睨みつけている。 「サクハ、ほら押して。サクハの父さんもほら、アンタに隠し事してるんだよ?」  父さんは確かに、小さい頃から僕にあまり関わらないようにしていた。その理由なんてもちろん知らない。ただ忙しかっただけなのかもしれない。でも、さっき、チキの名前に明らかに反応した。父さんはチキのことを知っている。ではどうしてチキが村の人にあんな対応をされるのを黙って認めていたんだろう。 「サクハ。私をこんな存在にしたのはそこにいる男。そう。サクハの父さんだ。その答えも全てこのボタンを押すことで判明するんだよ」  腕にかかるチカラとは裏腹に、とても優しく語りかけるような言葉。頭の中が痺れるような感覚に身を委ね、ボタンに手を伸ばそうとしたそのとき、また父さんが口を開いた。 「サクハ。よく聞いてくれ。お前にはチキという人間と、そこにあるボタンが見えているんだと思う。でも決してその声を聞いてはいけない。そしてそのボタンは絶対に押してはいけない」 「父さんは何を知っているの?」 「私が知っているのは、そのボタンを押すと村と村の人たちがなくなってしまうと言うことだけだ」  父さんは真っ直ぐに僕の目を見ながらそう答えた。  嘘を言っているようには見えない父さん。でも、チキが言っていたのとは違う内容。父さんは嘘をついている? 「ほらサクハ。アンタの父さんは本当のことは教えてくれない。何故だかわかる?サクハが本当のことを知ってしまうと困ったことになるからなんだよ」  チキの言う通りなのかもしれない。僕は下ろしかけた手をまたボタンへとゆっくり伸ばす。 「サクハ!やめろ!村が。村の人間全ての命が無くなるんだぞ!わかっているのか!」 「そこまでして隠したいものって何なんだろうねー。どうして私を無かったことにしたいんだろうねー」 「お前は自分が何をしようとしているのか理解しているのか!そもそも、何でお前がこの場所にたどり着いたのか考えてみろ!」  この場所を見つけたのは村の人が僕にあんなことをしたからじゃないか。でも、この場所では村を消すことができてしまう?あれ?そんな場所のすぐそばに村の人が僕を?チキはどうして僕を見つけた?いつからつけていた?まさか  そう考えを巡らせながら手を止めた僕に、チキが甘く囁いた。 「お つ き さ ま」  僕を冷たく見下ろす明るい月と父さんの姿が交差する。  村?村の人の命?チキとアイツらの命に何の違いがあるって言うんだ。権力者の発言とチキの発言。重さに違いなんてあるはずがない。  歪んだものをただ受け入れ続けるアイツらの命なんかより、僕は隠されたものを知りたい。  僕はくだらないものを切り捨て、新しい選択肢を手に入れるためにボタンを押した。 <終>
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