死出の旅路で/2

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死出の旅路で/2

 夕霧はあの時と同じ笑みを見せる。目だけ細めて微笑む仕草をだ。 「似合っとった。綺麗だった。そこらへんの女よりはずっと綺麗だった」 「そう。俺が歩くと、老若男女振り返ることの意味を、その時知った」  使えるものは使う。俺ははっきり言って(したた)かだ。見た目のよさをどれほど利用してきたことか。俺と比べて、この目の前にいる男は素朴でまっすぐ。だから、俺はこの男と今ふたりきりなのが嬉しいのだ。 「燿のことを好きだと思った」  この場に乗じて手に入れた告白――。 「夕霧は大人になっても真っ直ぐで正直だねえ」 「もう少しで死ぬ。だから、お前の気持ちを聞きたい」  はしばみ色の瞳と俺の金色の瞳が一直線に交わった。それでもドキッとすることはなく、俺も正直に告げる。もう最期(さいご)なのだ。この男の声を聞けるのも、顔を見ることができるのも。 「俺たちは落ち着きを嫌っていうほどお互い持ってる。そこが妙にリンクしながら、発展性の薄い関係だった。だけど、こうやって発展する機会がやってきたのは、神様からのギフトだったのかもしれないねえ」 「そうか」  さっきからずっと立ったままの男に、俺は色目を使う。 「このままお前を押し倒したいねえ」  左右に一ミリのズレなく、美しいまでにすっと腰を下ろした夕霧は、俺に力強い視線を向けた。 「こい」  見つめ合った刹那、俺は夕霧を地面へ押し倒した。完全に俺が夕霧を見下ろす格好になる。両腕で彼を拘束するようにして、今までの日々を回想しようとすると、夕霧の右腕が俺へ向かって伸びてきた。  頬に触れられる。その手の感触は一体どんなだ。待ち構えていると、夕霧の手は俺の頬を素通りして、耳の横をすり抜け、後ろで結んであった髪ゴムにたどり着き、あっという間に解いて、俺の髪は淫らに両脇へ落ちた。  この男の唇はどんなだ。少しずつ近づいていって、あと少しで触れるというところで、俺も夕霧も目をすっと閉じた。幼い日々からそばにあった唇は少し弾力があり柔らかく、体の奥がくすぐられるいい匂いがした。  さらに深くを求めようと、俺は手の位置を変えようとして、壁に触れてしまった。  ゴオオオオオー!  地下深くから揺らすような轟音がして、眩しい光が突然差してきた。俺たちはキスもそっちのけで、音のした方へ振り返る。  壁の一部が引き戸のように開いていき、外へ続く道が見えた。ズシンという地響きを最後にして、あたりはまた静まり返った。俺は夕霧の上から体をどけて、地面であぐらをかく。 「あーあ……。隠し扉を作動させちゃったか」    いいところだったのに……。  手についた砂埃をパンパンと叩いて、夕霧に手を差し伸べると、彼は身を起こした。 「神様の(おぼ)し召しかねえ? 閉じ込めてこんなことにするなんて」 「そうかもしれん」  正直に気持ちを伝えたところで道が開けるなど、そうとしか思えない。というか、俺は心霊学者なのだから、そう結論づけるのがいい。  帰り道は確保できた。唇の温もりはまだ残っている。立ち上がった俺は前を向いたまま、後ろにいる夕霧に手を差し伸べる。 「手つなぐ」 「了承した」  俺はがっかりする。 「俺たち、もうちょっと恋愛について学ばないといけないねえ」 「なぜだ?」 「お前、色気もへったくれも何もあったもんじゃない」 「お前がそういうこと気にする性格とは知らんかった」  小さい頃とは違って、大きく節々のはっきりした手が握ってくると、俺はそれを引いて光の差している道を歩き出した。 「こうなった身としては、気にしてほしいんだけど。俺も一応、恋愛に夢は抱いてるわけでね」 「お前が夢を抱くとは知らんかった」 「抱きたい年頃なの」  確かに、人からは感情がないと言われがちだが、俺にもきちんとそれはあるわけで。せめて、結ばれようとしている男にはわかっていてほしいものだ。  前を歩いている俺の細い体躯を、夕霧はいつもの癖で目を細め見ている気がした。 「四百億年も生きとってもそうなのか……」 「あれま。二十八歳って設定だったでしょうに。本当の年齢出しちゃって、NGなんじゃないの、これ」  いないはずの人――まわりに控えていたスタッフの笑い声が少しだけ聞こえた気がした――
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