女の子に手を出すな

1/1
前へ
/1ページ
次へ

女の子に手を出すな

1  僕の名前は勇気。  ママが強い男の子になれますようにって、つけてくれたんだ。  だから、僕はいつか絶対強くなりたい。  大好きなママを守れるぐらいの男の子に。 2  僕には年の離れたおにぃがいる。  7歳上のお兄ちゃん。すごく身体が大きくて、頭もいい。  県内でもトップクラスの高校に入れたんだ。  柔道をやっていて、全国大会でも優勝するほど強い。  おにぃは僕にとって、憧れの人かな。 3  ある日、おにぃに聞いたんだ。 「ねぇ、どうやったらそんなに強くなれるの?」 「おにぃだって、別にそこまですごくないよ。この家で一番強いのはパパだよ」  僕はビックリした。  パパは確かに大人だけど、身体の大きさじゃ、おにぃの方が大きいもん。  おにぃは柔道だってやってるし……二人が戦ったらきっとパパが負けそう。 「どうして?」 「あのな、パパはおにぃよりも頭が良いし、昔は不良も倒したことあるんだぞ」  そう言うおにぃの目はキラキラと輝いていた。  パパの話をするおにぃは嬉しそう。 4  でも、僕はあまりパパが好きじゃない。  夜遅くまで帰ってこないし、早くに帰って来ても酔っぱらってる。  日曜日も家にいるけど、ずっと怒った顔して怖い。  僕の大好きなママと話すとき、必ず「おい」とか「おまえ」としか呼んでくれない。  休みの日は、いつもパパがママに命令して、お弁当を作らせる。  パパは遊園地とか、公園とか、海に連れて行ってくれるけど、ママが準備していると怒り出す。 「おまえはついてくるな!」  僕はいつもそれを見ていて悲しかった。  みんなで仲良く遊びに行けたらいいのに……。  なんでそんないじわるするんだろう。 5  小学校で仲が良くなったひろみちゃんが、家に遊びにきたときだった。  ひろみちゃんとゲームをして、盛り上がった。  遊んでいる最中、ひろみちゃんが僕の番なのに……。 「勇気くん、ちょっと貸してよ!」 「なんで? いま僕の番だよ!」  少しケンカっぽくなっちゃった。  コントローラーを取り合っている時、僕のひじがひろみちゃんの頬にぶつかった。 「うわぁん!」  泣き出したひろみちゃんを見て、僕は困った。 「ごめん、ひろみちゃん……」 「ひどぉい!」 6  泣き声を聞いたおにぃが、僕の部屋に入ってきた。  顔を真っ赤にして怒っている。 「勇気! お前、女の子に手を出したのか!」  鬼のような怖い顔で怒鳴ってきた。 「ち、ちがうよ……これはちがくて…」 「女に手を出す男は最低だって、いつも言っているだろ!」  僕が言い訳する間も与えてくれず、おにぃに右足を蹴られた。  何回も何回も……強い力で。 「うわぁん! ごめんなさぁい!」 「いいか、女に手を出すなよ!」  ひろみちゃんもおにぃの姿に、ビックリしていた。 7  そんなことがあって、僕は毎日おにぃに説教された。 「事故だとしても、女の子には絶対に手を出すなよ!」 「わかった。約束する……けど、なんでダメなの?」  僕がそう聞くと、おにぃは顔を真っ赤にして怒る。 「ダメなもんはダメなんだよ! 勇気は強い男になりたいんだろ? 女の子を守れるような男にならないと……」  そうか、女の子に手を出すってことは、弱い男がすることなんだ。 「わかった! 絶対に守るよ!」 8  ある夜、僕はおしっこをしたくて、自分の部屋からトイレのある廊下に向かった。  おしっこをしている最中に、なにかが割れる音が聞こえてきた。  僕はその音の方に、こっそり近づく。  リビングから怒鳴り声が聞こえてきた。 「なんだこれは!」  パパの声だった。  ドアの隙間から明かりが漏れている。  覗くと、床に割れた白いお皿の破片があった。  それをママが困った顔で拾っている。 9  僕はドキドキしながら、その光景をじっと見つめていた。 「腐っているんじゃないのか、このメシは!」 「今日作ったばかりです……」  ママは怒られて泣きそうな顔をしていた。 「さっさと捨ててこい!」 「はい……」  酷いや、僕も夕方にあの料理を食べたけど、腐ってなんかない。  ムカついたから、パパに一言文句を言ってやろうと、ドアノブに手を回した瞬間。  おにぃがそれを止めた。 「勇気……ダメだ。部屋に戻れ」 10  それからも、パパはママに酷いことばかり言っていた。  決まって酔っぱらっているときなんだけど……。  怒ってこう言うんだ。 「恩にきせやがって!」  僕は、一体なんのことだろうって、不思議に思った。  頭の良いおにぃなら、知っているかもしれない。 11 「ねぇ、おにぃ。『おんにきせる』ってどういう意味?」  勉強していたおにぃはそれを聞いて、すごく驚いていた。  鉛筆をポロッと落としちゃうぐらい。 「勇気、それ、どこで覚えたんだ?」 「え? なんかパパが酔っぱらうと毎回言うから……」  おにぃは深く息を吐くと、真面目な顔でこう言った。 「この話はパパに絶対内緒だぞ?」 「うん」 12  おにぃが教えてくれた。  パパとママが結婚した時、今とは違って、ママが働いていて、パパが大学生だったらしい。  先に仕事をしていたママがパパを『やしなっていた』んだって。  だから、パパはそれを気にしているらしい。  おにぃは付け加えるように、こういった。 「でもママよりパパの方がすごいんだぞ! パパは頭が良いから出世してえらい人なんだ」 「そっか……」 13  おにぃの言った通り、パパはすごかった。  今年も会社で一番成績が良かったらしく、またえらい人になった。  そのご褒美として、なんとハワイ旅行をプレゼントされたんだ。  僕はすごく興奮した。  でも、いざハワイに行く準備をママがしていると、パパは怒ってこう言った。 「おまえは来るな! おまえが来たらなにも楽しくない!」 「はい……」  ママだって毎日、家族のために料理や洗濯、いろいろ頑張っているからご褒美をもらってもいいはずなのに。酷いや。 14  いつも家にいるはずのママが、急にいなくなった。  僕は心配で近くの駅まで探しにいった。  すると、改札口からスーツを着たかっこいいママが出てきた。 「あら、勇気どうしたの?」  ママはキョトンとしていた。 「心配したよ、ママ……どこにいってたの?」 「ママね、ちょっとお仕事はじめたの」 「ええ、ママが?」  僕はすごく驚いた。 15  ママが言うには、保険のセールスをしているらしい。  ただ「パパには内緒ね」と釘をさされた。  僕はママと指切りげんまんした。  でも、パパが働いていて、お金もたくさんお家に入るのに、なんでママが働く必要があるんだろう?  産まれてからずっと、ママはお家のお仕事をしているイメージが強いから、なんだか不思議だなぁ。 16  ママが外でお仕事を頑張っているし、僕も学校でなにかをがんばろうと思った。  最近、成績が良くないから、算数の勉強に力を入れよう。  ママが夕方まで帰ってこないけど、一人でも勉強できるぞ。  毎日、がんばった。  けどテストの時期になって、結果は悪いまま。 「僕はダメだなぁ……」  おにぃと違って、頭が良くないんだ。 17  だから、おにぃに質問した。 「ねぇ、おにぃはどうやって、そんなに頭がよくなったの?」 「おにぃだって、最初は成績悪かったぞ」 「そうなの?」 「うん、頭のいいパパに教えてもらったから、ここまで成績があがったんだ」 「へぇ」  知らなかった。僕はそれを聞いて思った。  じゃあ僕もパパに教えてもらおうっと。 18  冬休みに入る前に、僕はパパに言った。 「ねぇパパ、お勉強教えて」 「ああ、任せておけ」  パパは自信たっぷりに答えた。  これで、僕もおにぃみたいになれるぞ!  嬉しくてたまらなかった。 19  それから毎日、パパがつきっきりで勉強を教えてくれた。  ただ、パパの教え方はとても厳しかった。  少しでもわからない問題があると、すぐに怒る。 「バカ! なんでこんなこともわからないんだ!」 「ごめんなさい」 「勇気、おまえはバカなんだから、暗算するな!」 「はい……」  毎日、夜遅くまで怒られた。  お仕事が休みに入ったパパは、朝からお酒を飲んでいた。  だから、自然と怒り方が怖くなっていく。  酷い時は、夜中までご飯を食べさせてもらえず、頭がぐちゃぐちゃになるまで勉強をさせられた。 20  そして、年が明けて、お正月を迎えた。  けど、僕はお年玉ももらえず、遊びにいくことも許されず、教科書とにらめっこ。  トイレ以外は部屋から出してもらえなかった。  勉強をしているというより、パパに怒られないように少しでも問題を間違いたくなかった。  必死になればなるほど、空回りして頭に入らない。  時折、おにぃが部屋に入って「なんでこんな問題もわからないんだ!?」と文句を言ってくる。  だって、わからないものはわからないよ。 21  そんな楽しくない悲しい毎日が続いて、僕は心も身体もボロボロになっていった。  パパは日に日にお酒を飲む量が、増えていく。  僕が間違えると、お説教に力が入って、たまに頭を強く叩かれた。  その回数が少しずつ増えていく。  パパの怒鳴り声と、振り上げる手が怖くて怖くて仕方なかった。 22  もう僕は限界だった。  頭を強く叩かれて「うわぁん!」と泣き出しちゃった。  パパは泣く僕を見て、さらに怒りだす。 「これぐらいで泣くな! やかましい!」  キッチンでお酒のおつまみを作っていたママが、ボソッと呟いた。 「そんな教え方だからダメなのよ……」  パパはその言葉を聞き逃さなかった。 「なんだと!」  顔を真っ赤にして、ママのところへずかずかと突っ込んでいく。 23 「おまえは黙っとけ! 俺のやり方に口を出すな!」  キッチンでスープを作っていたママの右足を思いきり蹴った。 「いたい!」  ママは痛みのせいか、目をつぶって床に倒れる。  そんな姿を見ても、パパは気にせず、ママを蹴り続けた。 「この、この……おまえはいつも俺に恩をきせやがって!」 「やめて、痛い!」  酷いや。女の子のママに、男の子のパパがあんな風に蹴るなんて……。  許せない! 24  怖いのと、辛いのと、悔しいのと、いろんな気持ちが頭の中を駆け巡った。  その時、騒ぎに気がついたおにぃが、リビングにやってくる。 「おい、勇気! おまえがちゃんと問題を解かないから、パパとママがあんな風になっちゃんだろ! おまえが悪い!」  僕はそれを聞いて、腹が立った。 「おにぃのウソつき!」 「え?」 「女に手を出す男は最低だって、言ったくせに! パパは悪い! おにぃは強いんだから倒してよ!」  僕が泣きながら叫ぶと、おにぃは黙ってうつむいてしまった。 「無理だよ……パパは強いから」 「もういい!」 25  僕は近くにあった鉛筆を手にすると、ママを蹴り続けるパパにこう叫んだ。 「ママをいじめるな!」 「なんだと!? パパが悪いのか!?」 「悪いよ!」  尖った鉛筆をパパに向ける。 「勇気! なんだその顔は!? 勉強を教えてやったのに!」 「おまえなんか、強くない! 女の子を守れない弱い男だ!」 「なんだ、その言い方は!?」  持っていた鉛筆を手で叩き落とされる。  そのあと、僕はパパにお腹を思いきり蹴られた。  子供の僕は、軽々と宙に飛び上がり、キッチンの棚に頭をぶつけた。 26  気がつくと、僕は暗闇の中にいた。  なんか頭がガンガンする。  声が聞こえてきた。 「ママが我慢してれば、パパも警察に連れていかれなかったのに!」 「だって、勇気があんなことになってるのに、黙ってられないでしょ?」 「とにかく僕は反対だ! 僕はパパと残るからね!」 「待ちなさい! あなたも勇気と一緒に……」  どうやら、ママとおにぃが言い争っているみたい。  僕はベッドの上で寝ていた。  壁一面、真っ白な所。きっと病院だ。 27  ゆっくりと、起き上がろうとする。  それに気がついたママが、僕を抱きしめる。 「ごめんね、勇気……ママのせいで、ケガさせちゃって」  ママは涙をポロポロと流していた。  それを後ろで見ていたおにぃが、僕に言った。 「おまえが悪い……。おまえがパパにあんなことを言わなかったら、今まで通り暮らせたんだ…」  おにぃは悔しそうな顔をして、病室から出ていった。 「ママ、僕はなにか悪いことをしたの?」 「ううん、あなたはママを守ってくれたいい子よ」 28  幸い、僕の頭のケガは大したことなかった。  少しの間、意識がなくなっていたみたい。  次の日、ママが小さなカバンを一つ持って病院に訪れた。  そして僕にこう言った。 「勇気、ママと一緒についてきてくれる?」 「いいよ」 「すごく遠いところよ?」 「ママと一緒ならいいよ」 29  その晩に、僕とママは夜行バスに乗った。  ママが育った遠いところに行くんだって。  おにぃはついてこなかった。  家族がバラバラになってしまったけど、僕は間違ったことをしてないと思う。  だって、僕は強い男になりたいから……。  
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加