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 ガルゼア国は、十字架の形をしていて、周りを海に囲まれた島国だ。周囲にある他の国からも遠く離れた場所にぷかりと浮かんでいるためか、他国から攻め入られることはほとんどない。  そのガルゼア国についての知識を、俺はどこで手に入れたのか自分でも見当がつかなかった。  ラントルの屋敷には大量の本を詰め込んだ書庫のような部屋があったが、奴隷である自分たちが入っていい場所ではなかった。  自分の失った過去に関係するのかもしれないと思いつつ、周囲を見渡すと、いつの間にか前を歩いていたロゼウス王の姿を見失ったことに気が付いた。 「えっ……?嘘……」  ロゼウス王は市井を歩くときも、人型を取ることなく、獅子の姿で堂々と歩いていた。その姿はよく目立つため、そう簡単に見失うはずがないのだ。 「ロゼウス、様……」  弱々しい俺の声が、行き交う獣人たちのざわめきであっさりと掻き消される。  ラントルの屋敷にほとんど軟禁のような状態だった俺は、当然ながら一人で外を出歩いたことは数えるほどしかない。その上、人の身で一人で出歩く危険さは、前回商人に捕まってから十二分に理解していた。  獣人の視線が俺の顔にちらちらと向けられるのを感じ、慌てて顔を隠そうとするも、この服にはフードがついていなかった。 「どうしよう、どうし……」  身を屈め、しゃがみ込んだ俺に、どんと誰かがぶつかった。 「おい、邪魔だ」 「す、すみません!」  謝りながら顔を上げると、犬の顔をした獣人がうんざりと俺を見下ろしてきていた。その顔が、俺の顔を見た途端、歪に緩んだ。 「人間じゃねぇか」  だらしなく口からはみ出た長い舌が、舌なめずりするように動く。  身の危険を感じ、立ち上がって逃げようとしたところを、その獣人が手を伸ばしてきて、強く腕を掴まれた。 「いっ……」  手加減せずに掴まれたせいか、骨が軋むのを感じた。 「おら、こっちに来い。俺に顔をよく見せろ」 「や、め……っ」  逃れようとするのも虚しく、その獣人の顔が眼前に迫り、べろりと右頬を舐められた。 「片目がないのか。キズモノだが、なかなかの上玉……」  にしし、と気味悪く笑いながら、その舌を俺の口に近づけてこようとした時だった。  突然、その獣人は目を見開き、動きを止めた。 「え?」  一瞬何が起こったのか分からなかった。いや、分からなかったというよりも、目で見ているものが信じられなかった。  いつの間にか獣人の背後にロゼウス王が回り込んでいて、さらに半分人型を取って、剣先を獣人の喉元に押し当てていたからだ。  気配も、姿も、一瞬前までは分からなかった。獣人に気を取られていたせいだとも言い切れない気がした。 「切られたくなければ、私の前から失せろ。3秒待ってやる。1、2……」 「ひぃっ……」  獣人は醜い悲鳴を上げ、俺を突き飛ばすように放すと、慌てて逃げ去った。  周囲の獣人たちが遠巻きに見ながら、あれはロゼウス様じゃないか?でも、なんで?と囁いているのが聞こえる。  それらの声を物ともせず、ロゼウス王は剣を腰に収めていく。その姿をぼうっと見ていると、ロゼウス王は俺に冷えた眼差しを向けてきた。  怒っている、と感じて、慌てて口を開く。 「あ、あの、すみません。俺がちゃんとついて行かなかったから……っ」  刀身のように研ぎ澄まされた視線が細められ、何かきつい叱責を食らうかと思ったが、ふいと逸らされて、ぼそりと言われた。 「しっかりついて来い。この姿は落ち着かん。早く済ませるぞ」 「は、はい……!」  言われた通りに、今度こそ見失わないようにぴったりと身を寄せて歩いて行くと、上質な香りが鼻をついた。  ロゼウス王は半分人型を取っているとはいえ、体毛は獣そのものであるし、頭部は獅子だ。それなのに獣の匂いが一切ないという不思議さに首を捻りつつ、嗅いでいると妙に安心した。  これ、何の匂いだろう……?  いくつかの店を回り、衣類を揃えてもらってからも、その匂いに勝るものはないように感じた。  とはいえ、まともで高価そうな衣類をもらったのも純粋に嬉しく、少しずつ不安が消えていくのも感じていた。  ロゼウス王との会話は義務的なことがほとんどで、会話がない時はあの鋭い目でじっと見られるのが怖かったが、怖さとは別の何かの感情がほんのりと湧いてきていた。  それが何なのかはまだ分からなかったのだが、不快なものではないのだけは確かだった。
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