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9 言えない気持ちと秋の空🍁
平和であるはずの休日、隣の小川さんが衝撃的な言葉を僕に置いていった。気づけば食べきれないほどの餃子を量産してしまったので、とりあえずそれを昼食として焼いてはみたものの、なんだか味がよくわからない。
ため息ばかりが漏れる。
みやびがいなくなることに対して、こんなにもダメージを受けている自分自身に驚いていた。これほどまでの喪失感を覚えるものか。そこまで僕はみやびに惹かれていたのだろうか。
「駄目だ……ちょっと気分転換」
残った餃子は冷凍庫に眠らせて、スマホと財布だけ持って出掛けることにした。何か目的があるのかと言えば、なくもない。写真を撮りに行くのだ。
最近僕はSNSを始めた。そこに写真を載せるのが近頃の楽しみの一つになっていた。大したことのない写真ではあるが、形として残すのはそれなりに楽しい。
近頃めっきり気温が冷えるようになってきて、葉が徐々に色づいてきた木々が美しい季節だ。近所の公園まで歩いてきて、何枚か紅葉の風景や遊具などを無造作にパシャパシャ撮ってから、出来栄えを確認する為に一旦ベンチに腰掛ける。
人物や場所を特定出来るような文字が写り込んでいないかチェックして、特に問題がなかったのでそのままSNSに投稿する。少ししてぽつりと「いいね♡」がついた。反応があるとやはり嬉しい。
ついでにタイムラインを眺めてみる。僕の数少ない相互フォロワーには、「🐰MiYaBi🧸」の名前がある。しかし動きは特にない。引っ越しの「引」の字も見つけられないどころか、数日何の投稿もなかった。
少し投稿を遡ると、先日行ったメイドカフェの制服や料理なんかの写真が並んでいて、更には僕が渋々送った恥ずかしい「みやび大好き」と書かれたオムライスの写真を見つける。僕にしてみれば妙な汗が出てくる写真だ。
「みやび大好き……」
オムライスに書かれた文字を無意識に口にしてから、誰かに聞かれていなかっただろうかと周囲を見回す。幸いにして僕の呟きが聞こえる範囲に人はいなかった。
「まずい、相手はJKだそ。本気になってどうする」
自分に言い聞かせるようにまた小さく声を出した。けれど一度意識してしまうと大好きが止まらなくなってしまって、どうしたら良いのかわからなくなった。
みやびは近々、僕の傍からいなくなる。
どこへ引っ越すのかなんて知らないし、聞いたら駄目な気がした。好きだなんて言えない。困らせるだけだし、あるいは気持ち悪く思われる可能性だってある。単なる暇つぶしなのに、何を本気に取っているのかと。いい大人が、何を考えているのかと。
空を見上げた。薄曇りの午後、少し肌寒くなってきた秋空は高く遠い。上空を通過した飛行機のなごりが一筋、青にアクセントをつけている。しばらくぼんやりとベンチに腰掛けてそれを眺めていたら、人ひとりほどのスペースを空けて誰かが隣に座った。
「何か見えるの?」
「──飛行機雲」
白いラインは既に消えかかっていた。どれだけ眺めていたのだったろうか。
「面白い?」
「いや……公園、遊びに来たの? みやび」
僕は空から視線を外し、いつのまにかやってきたみやびの方を向いた。薄手のコートを着てはいるが、ミニスカートにニーハイという、メイドカフェを思い起こすような服装はとても寒そうに見えた。
「そんなわけないでしょ。十六にもなって」
「え、十七歳じゃないんだ」
「三月生まれだから」
「そうか」
「三月八日。覚えて。三、八、日」
「覚えやすいな。うん、覚えた。──寒くない? これ、足のところかける?」
受け取ってくれるかはわからなかったが、あまりにみやびの脚が寒そうに見えたので、僕は自分の上着を脱いで差し出した。
みやびは少し戸惑ったように僕と上着を見つめた。あ、いらなかったかな。余計なお世話をしてしまったと後悔していたら、意外にも受け取って貰えた。
「……ありがと」
すぐ傍にみやびの太ももがあるのは精神衛生上よろしくなかったので、僕は内心ほっとしていた。
「宮田さんに会いに来たのよ」
「そうなんだ……って、え、なんで僕が公園にいるってわかったの」
「公園の写真アップしてたから、まだいるのかなって。……何で会いに来たのかは聞かないの?」
それは疑問に思っていたが、なんとなく察しはついた。引っ越しの件に関わってくるに違いない。けれど聞いて欲しいのかも知れないし、促されるように僕は問い掛ける。
「な、んで……僕に会いに来たの?」
みやびは僕から顔を逸らした。相変わらずのツンだが、どことなく浮かない表情だ。みやびも寂しいと思ってくれているのだろうか?
「ママが再婚するの」
「あ、そうなんだ。おめでとう」
「兄が出来るのよね」
「再婚相手の息子さんか。何歳なの?」
「十七歳」
「えっ?」
みやびはちらりと僕の反応を見て、小さく笑んだ。十七歳ということは、多分みやびと同級生か、一つ先輩……どちらにせよ高校生なのだろう。そんな年の変わらない男女が親の再婚で一つ屋根の下に住むのはもやもやが募った。相手がどんなだか知らないが、心配するなという方が無理という話だ。
「宮田さん、嫉妬する?」
「嫉妬……っ、お兄さんになるんだろ?」
「同級生の男の子と急に家族になれるかなって不安。相手をあまり知らないし……年上の彼氏でもいたら、何かあっても守って貰えるかな?」
「はっ!?」
なんで僕に会いに来たのかを言わずに、よくわからない「年上の彼氏」なんていう新たな爆弾を持ち出してきた。年上の彼氏を作るつもりか? 義理の兄から守って貰う為に? そんな動機で変な男に捕まるんじゃない!!
──と、声に出して言えたら良かった。頭の中ではぐるぐるといろんな考えが交錯したが、うまいこと言えないでいたら、先程貸した上着が綺麗にたたまれて僕に返ってきた。みやびの体温が上着にほんのり残っていたのでどきりとする。
「……なんて、思ったり、思わなかったり。邪魔してごめんね。あたし帰る」
「え、みや……び……?」
立ち上がろうとしたみやびに、無意識に手を伸ばした。しかし手を握ったりなんて出来るわけもなく、虚しく空を掴む。
「勘違いしないでよねっ。別に宮田さんに彼氏になってくれって言ったわけじゃないんだから」
思いもよらぬことを言い残し、みやびはそのまま歩いていった。
え?
え、何?
どっちなんだ??
僕は混乱し、追い掛けることも出来ずにその場に固まった。
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