今からスイッチの話をします

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 少年のこの発言に僕は驚いたよ、と前置きをする。 「ケーキなんかいらないからお母さんが好きなものを頼んで。お母さん、いつもありがとうって。トイレから戻ってきた瞬間、少年はそう言ったんだ」  皆の目が丸くなる。 「さっきまでこの少年はケーキが欲しい欲しいって言って怒ってた。なのにまるでスイッチが押されたように、少年の意見も正反対に変わった。きっと何かに気付けたんだ。トイレで反省したのかもしれない。毎日お金で苦労しているのにレストランに連れて来てくれた。それだけでもありがたいって思わなきゃって、そう感じたのかもしれない。まわりのお客さんと少年。スイッチが押されたきっかけは何?」  夏菜子(かなこ)、と呼ばれた児童が答える。 「事実に気付いた……?」 「うん。事実に気付いて、それから?」 「その人の立場になって考えられた」  ベストアンサー、とエレン先生は微笑んだ。 「そう。自分の中にあるスイッチが押されるきっかけは、思い通りにいかないのは何故だろうと考えた時。相手の立場になって物事を考えた時。この二つ。自分の意見ばかりを主張しても、相手の本音をちゃんと知って心に寄り添わない限り、物事はずっと平行線を辿るだけだよ」  君はカレーが食べたいです、と端の児童に目を合わせる。 「なのに蕎麦屋に行こうよと友達に言われたらどうする?」 「やだって言う」 「相手もやだって言うよ」 「もう一回やだって言う」 「相手もカレー屋は嫌だってさ。絶対蕎麦が食べたいんだって」 「んー……」 「どうしよう?」 「じゃあどっちもあるレストランを探そうかな」  ナイスアイディアだね、とエレン先生は言った。  君は休み時間にバドミントンがしたいです、と今度は隣の児童。 「なのに友達はドッジボールがしたいってさ」 「ジャンケンする」 「次の日もその次の日も、君が勝っちゃったら?」 「そしたら……次はドッジボールやろうねって言うかな」 「バドミントンの方が好きなのに?」 「だって、友達だってきっとドッジボールが好きだもん」  優しい子だね、とエレン先生は言った。  皆の顔をゆっくり見渡す。 「意見を曲げない人もかっこいいけれど、誰かのために意見を曲げられる人は、もっとかっこいいね」
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