PROLOGUE

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PROLOGUE

やっと気が付いた。 ああ、そういうことかと思った。 いつからキスしていないんだろう。 身体を重ねたのはいつだっただろう。 もう思い出せない。 彼のマンションのリビングに置かれた水槽の中で優雅に泳ぐ海水魚とひらひら揺れるサンゴを見つめていた。 部屋の灯りは月明かりと水槽のライトだけで充分。 水槽の前には2人掛けのソファー。 私はいつもそこに座ってボーッと水槽を眺めて彼の帰りを待っていた。 「疲れて帰ってきても君がそこにいるのを見ると安心するな」 「そこは君の指定席だね」 そんなことを言われた頃が懐かしい。 今はどう思っているのだろうか。 夜遅く帰宅してリビングのドアを開けると私がいる。 もちろん、私にも仕事があるから毎日じゃないとはいえ立派な半同棲状態だ。 「ただいま」 「お帰りなさい」 私の用意した夕食を食べてシャワーを浴びて一つのベッドで一緒に眠る。眠るだけ。 朝、職場が遠い私は彼が寝ている間に先に出ることが多い。 彼を起こさないようにそっとベッドを抜け出し、簡単にメイクして静かに玄関を出る。 彼も私も朝食を摂らない。朝食なんか食べている暇はない。 彼のマンションは東京23区内で、私の職場と住まいのアパートは横浜市内。遠いのだ。 以前の私は自分の車で彼のマンションに来ていたけれど、彼が自分の車を購入したから、それまで使っていた私の駐車スペースは無くなり私はここに電車で来るようになった。 あいにく近くにパーキングは無かったのだから仕方ない。 彼のマンションから職場へは車を使う時の倍以上の時間がかかるようになってしまったことも少し負担になっていた。 でも、私が彼のマンションに行くのは私たちの中では当たり前のこと、それは日常だったのだから多少の不便は仕方ないと思っていた。 でも、それが日常だと、当たり前だと思っていたのは私だけだったのかもしれない。 彼しか見えなかった私と違い、彼はもう自分の日常から私を外したがっているのかもしれない。 ここには私が勝手に来ていただけ。 そんな気がした。 激務の彼は身の回りの世話をしてくれる私がいると楽だった。 炊事洗濯掃除に買い物、クリーニングの引き取りまで。 だから、他に好きな女性がいても自分から別れを切り出さないのか。 ああ、そうだったのか。 ひらひらと泳ぐ海水魚だけが私の来訪を喜んでいた。
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