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太陽の街、サン・グリンドル。 美しい港町のここはネネフ王国の重要な交易拠点である。 城壁を一歩出れば危険な魔物が闊歩し、辺境には人類殲滅を狙う魔王が根城を構えるこの世界においても人々には一応平穏な日常がある。 貿易の盛んなサン・グリンドルの往来にはネネフ以外の国の者も多い。 彼らのもたらす活気のおかげでここは王都から遠く離れているとは思えないほどの繁栄を遂げていた。 「やっぱり無理なんですかね、農夫から魔物使いになるとか」 「う~ん、どうですかねえ・・・」 サン・グリンドルにはよくあるタイプのカフェで、営業スマイルを浮かべたミヨイは言葉を濁す。 目の前にいる男は、転職のためにわざわざ故郷の田舎町からサン・グリンドルまで出てきた青年で、宿泊費的に彼に許された滞在期間の一週間はもう半分が過ぎている。 ミヨイの読みあげた「貴殿のますますのご活躍をお祈り申し上げます」という体のいい不採用の文言を前に、魔物使い志望の彼は今日何度目かの大きなため息をついた。 「俺、農夫といっても牛飼いの経験もあるのにな」 「はい、それはもちろん。先方にもきちんとアピールしました。牛飼い三年、うち一年は遠方までの放牧経験アリって」 「あーあ、家畜と魔物ってそんなに違いますかね?」 「うーん・・・」 違うと思う。 違うと思うがミヨイとしてはお客さま相手にそんなこと言えない。 飼いならされた牛の面倒を見るのと、異形の魔物を一から調教するのはかなり違う気がするし、そりゃ牛だって暴れたら怖いだろうけど、よなよな町の外をうろつく魔物たちの怖さとは比較にならないだろう。 そう思うが言えない。 「俺、いま何社目でしたっけ」 「これで3社目です」 もうかれこれ20分は同じ泣き言を聞かされていた。 ミヨイの顧客であるこの農夫は25歳を目前に憧れの魔物使いになろうと一念発起した夢溢れる青年だ。 転職エージェントであるミヨイもなるべく彼の希望にこたえたいのだが、いかんせん彼の目標と実力の開きには苦しいものがある。 まず、魔物使いを目指すには最低5年、魔物使い専門の派遣会社での実務経験を積まないと資格試験が受けられない。 彼の場合、順調に行っても5年後には30歳。 新米魔物使いとして辺境を目指すにはいささか遅い。 ひとりで挑むのなら勝手だが、仲間を募るとなると打倒魔王を掲げ過酷な道を行く冒険には体力のある若者の方が歓迎される。 「あの、まだほかに初心者歓迎の会社ってありますか?」 「そうですねえ・・・」 手持ちのファイルをめくり、ミヨイは探すフリをする。 ない。わかりきっている。あるわけない、そんなの。 そもそも一般職ならともかく、魔物使いみたいな超専門職で初心者募集しているところが3社もあった方が奇跡なのだ。 でも「ないです」なんて言えない。 そんなことを言っては転職エージェントとしての評判にかかわると、所長からきつく戒められている。 「一旦、社に戻ってご紹介できるところがないか探してみます」 また明日ご連絡しますから、といってようやく腰を上げた頃にはもう夕暮れ近かった。
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