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「え?これどういうこと?ミヨイくん!?」 翌朝、飛び立つときに竜人が開けていった壁の大穴を発見した所長は出勤するなりミヨイに詰め寄った。 どういうことってそれは俺のセリフだ。 あの二人、なんなんですか?なんで姫が仕事探してるんですか?どういうツテでうちにきたんですか?あいつに組み伏せられて、俺、まだ腕も背中もめっちゃ痛いんですけど。 所長に言ってやりたいことは山ほどあった。 しかしミヨイはすべてを飲み込み、曖昧に言葉を濁す。 「いやあ・・・」 「いやあ、じゃないんだよ。君、これなに?昨日のお客さんがやったの?」 「いや、しばらく待っても誰もいらっしゃらなかったので俺もすぐ帰ったんです。ていうか昨日のお客さまってどなただったんですか」 「私もよく知らないんだけどね。知り合いの知り合いに頼まれて礼金は弾むからって言われたものだから。そういうの怪しい感じがするなって思いはしたんだけど」 「そうですか。とにかく誰も来なかったし、俺も帰ったのでこの壁のことはわからないです」 所長の言葉にあきれながら、「口外したら咬み殺す」という竜人の脅しにミヨイは従った。 あいにく殺される親族もいないけど、せっかく拾った命はやっぱり惜しい。 「ああ、どうしよう。まず保安所に届けて、つぎに修繕の見積もりを取って」 ぶつぶつ言いながら後始末に奔走する所長を知らん顔してミヨイは自分のデスクに座る。頼まれても絶対手伝ってやらない。壁を壊しかねないと思うほど素性の怪しい客を無責任に部下にまかせた仕返しだ。 「驚いたよな。馬車でも突っ込んできたのかな」 隣のデスクでヤンが肩をすくめる。 「まあ、お前がいる時間じゃなくて良かったな。無事で何より」 そう言って笑うヤンに、ミヨイはふと昨日の玉貴色の話をしたくなる。 ヤンはメルビー管理責任者1級の資格を持つほどのメルビー愛好者だし、きっと興味を持つはずだ。 ヤンの喜ぶ顔を想像したミヨイだったが、すんでのところで思いとどまる。 もしそれで本当に自分が咬み殺されたとしても自業自得だけど、聞いたヤンまで巻き込まれるようなことがあったら絶対に嫌だ。 「すごい大胆な泥棒の仕業かもしれないから、一応、盗まれたもんとかないか、見ておけよ」 「はい」 そう返事をしながら、そういえば昨日のメルビーはどうしたんだっけかと思う。 玉貴色に息をのんだ次の瞬間には竜人に組み伏せられていて、メルビーをカゴにしまう余裕はなかった。 姫を乗せた竜人が飛び立った後は体中が痛かったし、驚きでメルビーのことなんてすっかり忘れていた。 やばい。あのメルビーいないかも。 ミヨイは青ざめる。 事務所にはまだ11匹のメルビーがいるので営業に困るようなことはないが、メルビーは群れを大事にする習性がある。いなくなった一匹を案ずるストレスで全滅さえしかねない繊細な虫だ。仲間がいなくなって今頃大騒ぎしているかもしれない。 「俺、メルビー見てきます」 慌てて裏に行くが、案の定、巣には戻っていなかった。 一番若いオスが気ぜわしく羽を震わせて非常事態を仲間たちに知らせている。 まずい。 ミヨイは右往左往する。 ヤンにメルビーがいなくなったと報告しなければ。 でもそんなことをしたらメルビーを使ったことがばれてしまうかもしれない。 泥棒が出たとでっちあげてメルビーが盗まれたと嘘をつけばいいだろうか。 しかしメルビーの巣箱に荒らされた様子はない。一匹だけ盗るのも不自然だ。 だめだ、ヤンにどう説明しよう。いや、ヤンへの説明もだけど残りのメルビーたちのケアだって一大事だ。 メルビーたちの奏でるいつにない不安げな羽音を聞いていると、ミヨイの気もどんどん滅入ってくる。 結局、良い案など思いつかない。ミヨイは頭を抱えるが、そのとき表から誰かが呼んでいることに気が付いた。 「あのー、お取込み中ですか?」 浮かない気分で戻ったミヨイに壁の穴から遠慮がちにひとりの男が声をかけてくる。 「ええ、まあ」 二階の確認にでも行ったのか、ヤンはいない。 男はそわそわと中を見渡す。転職希望者だろうか。だとしたら壁にこんな大穴が空いていてさぞかし戸惑っていることだろう。 「あの、入っても?」 「ああ、すいません。まだ営業時間前なんですよ。というかこの有様ですし、しばらくは営業もできるかどうか」 ミヨイの返事を聞いているのかいないのか、男は無遠慮に穴を踏み越えてくる。 なんだこいつ。 ミヨイは面食らうが、男はなぜか満面の笑みをたたえていた。 「いや、別に客じゃないんです。この虫、おたくのじゃないかと思って」 そういって荒いカゴを蓋代わりにかぶせた瓶を差し出す。 中には昨晩行方不明になったメルビーが羽を震わせていた。 「あ、ああ!そうです。うちのです。ありがとうございます」 「昨晩窓を開けていたら急に入ってきましてね。こんな大きな虫、女房が怖いって大騒ぎでして。殺せ殺せってうるさいのを、なんとかなだめたんですよ」 「そうですか。それはご迷惑をおかけしました」 「しかし不思議ですね。昨晩見た時は輝くような金色の羽をしていたのに、今は透明だ」 男がミヨイの顔を覗き込むようにして言う。 その言葉を否定も肯定もせずミヨイは営業スマイルを浮かべる。 「聞いたことあるんですよ、おたくみたいな職業紹介所が使役する虫のこと。それでしょ?これ。金色はどんな仕事に向いてるんですか」 「いや、ちょっと。よくわかんないですね」 男は質問してもヘラヘラするばかりのミヨイに飽きたのか、何かぶつぶつ呟いていたがやがて「じゃあ」と言って帰っていった。 ミヨイの肩からどっと力が抜ける。 良かった。これでメルビーの問題は片付いた。 壁は所長がなんとかするだろうし、とりあえず自分は今日も魔物使い志望の農夫との面談がある。俺がなんとかすべきはそちらだ。 昨日整理しておいた戦士募集のファイルをカバンにしまって、上からポンとたたく。 去り際にさきほどの男が「あーあ、えらいね。ちゃんと約束守るじゃん」とつぶやいていたことにミヨイはついに気が付くことはなかった。
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