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時刻はもう午後十時を回っていた。あたりに立ち並ぶ古びた倉庫も、皆シャッターを下ろして明かりも落としている。まるで深い海の底に沈んだ黒い箱のように見えた。
それでも依然として、夜気を震わせる轟音は間断なく響いてくる。それもそのはず、運河のひとつ向こうは羽田空港の滑走路だ。眠らない国際空港を飛び立つ、鉄の鳥たちのはた迷惑な羽音。日頃は耳障りでしかないそれも、今の自分たちには好都合だった。これなら少々の物音は、誰かに聞き咎められる前にかき消してくれる。闇に溶け込むような黒のプリウスの助手席で、黒川リアはそうほくそ笑んだ。
様子見に出ていた四郎坂が、滑るように車へ戻って来た。そうした身のこなしは長い警官暮らしで沁みついているのだろう。百九十センチに百キロをゆうに超える巨体ながら、足音ひとつ立てない。
「どうだった、シロ?」
「いますね、間違いありません。話し声からして、棟方社長に間違いないでしょう」
そう、と頷くと、リアはシートベルトを外した。「じゃあ、行こうか。こんな時間だ。ちゃっちゃと済ませよう」
車を降りてアスファルトの上に立つと、湿った風が長い髪を揺らした。それでも、潮の香りはしない。ここはそんな海ではないということだった。どこまでも人工的な、鉄とコンクリートでできた海岸線。そこに打ち寄せる波も、きっとコールタールのように黒く粘ついているのだろう。
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