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真実の姿
夜露が「なるべくここには来ないように」と言ったにもかかわらず野茨は度々塔を訪れた。
夜露はいつも一人でいつも粗末な服を着ていた。
夜露が誰かの話をすることはほとんど無く、昔の話をすることを酷く嫌がる。
けれど、たまに紅玉と呼ばれる魔法使いの気配が話しの端々と彼に届く手紙で感じる。
紅玉という魔法使いのことは知っている。
とても力の強いと言われている魔法使いだ。
その人の知り合いなのかもしれない。と野茨は夜露のことについては考えていた。
それ以上のことは考えないようにしていた。
夜露の言っていた通り、城の人たちは野茨が微笑みかければ頬を染め、野茨が話しかければ皆喜んだ。
少しずつ野茨は成長していた。
夜露だけ、いつまでも変わらない姿でいることが、彼が魔法使いの証の様に思えた。
野茨は自分が呪いを受けて生きていることはもう知っていた。
けれど、どこかのパーティで自分がどこかの姫君に恋をしてしまうところを想像できなかった。
それよりも、この静かな塔で本を読んでいる方が、よほど安らげると思った。
それに、彼自身のことでなければ夜露は驚くほど博識でどの教師よりも的確な答えが返ってくる。
ずっと、ずっと恋などしないで、穏やかな日々を過ごせればいいとさえ思えた。
恋をしない方がずっと幸せな事だとさえ思えたのだ。
少なくとも時が止まるという悲劇にみまわれなくて済む。
* * *
「あ、蜘蛛!!」
野茨は大抵のものは怖くはないし、自分一人でなんでもできる人間だ。
それが祝福を沢山貰ったからか、ということについて考えるのはやめた。
王族だからと恵まれている部分はあるのだろうけれど、それと同じだけの重責を背負っている。
けれど、ひとつだけ苦手なものがあった。
虫だ。
野茨以外の王族は主に毒物に対する懸念から、生まれたときの祝福で虫に対する耐性をもらう。
けれど、野茨だけは祝福の一部を呪いをいかに回避するか、影響を最小にするかで使ってしまっている。
……そんなものはいい訳だ。
野茨は虫が苦手な自分が嫌だった。
だからなるべく気が付かれないようにしていた。
けれど、どうしても夜露一人しかいないこの塔は手入れが行き届かない。
蜘蛛程度ならどうしても出てしまうのだろう。
クスクスと笑いながら夜露が窓から蜘蛛を逃してやる。
その時のほっとした感覚に少しだけ違和感を覚える。
確認したほうがいいのではないかと野茨は思った。
夜露に手を伸ばそうとしたその瞬間だった。
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