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王子の前には毎日沢山の人があらわれては愛を告げる。
最初は貴族の令嬢だったのが、城で働いている人間になり、王都に住まう女性になり。
その後は、王子と親交のあった貴族の男性になった。
けれど、誰が愛を伝えても王子は目を覚まさない。
夜露は紅玉が魔法をかけるところを確かに見た。
茨にも魔法の力が込められているのが分かる。
だから、王子の求める相手が愛を伝えれば彼は目覚めるはずなのだ。
それに、刺さった茨の蔓がどうしても夜露から取れない。
「魔法がなにかおかしくなってしまったのだろうか」
夜露は王子の前にあらわれた紅玉に聞く。
「それは無いわ」
「じゃあ、なぜ王子への呪いがとけないんだろう」
「さあ。私はこの魔法に魔法使いとしての力ほとんどを使ってしまったからもう調べることすらできないわ」
困ったように紅玉が笑う。
そうだ。この人は夜露の返してしまった呪いを彼女の人生を賭けるような大きな魔法で形を少し変えてくれた。
王子の命の恩人で、王子の呪いが形になった瞬間その場にいた人だ。
「あなたは王子に愛を伝えてはくれないんですか?」
何日も水も飲んでいなかった夜露の声はかさかさだった。
けれど、たどたどしい発音になってしまったのはその所為では無い気がした。
「それは、無理よ」
紅玉は王子を見下ろして、憐れむような声で言った。
「だって、私は王子を愛していないから、愛を伝えることはできない」
淡々とした声で紅玉が言う。
「なんで!?王子はこんなに美しいのに」
こんなに、美しくて、賢くて、国を思っていて、富もあって、夜露は一つ一つ紅玉に言っていく。
けれど、「そうね」と返すだけで紅玉は首を振ってしまう。
「野茨はね、本が好きなんだよ。
特に星の本が好きで。集中して読んでいると耳の後ろを触る癖があるんだよ」
「そうなの」
「それに野茨は木苺のジャムが好きなんだ。
俺にクッキーを持ってきてくれた時ジャムサンドが一番好きなのに、取っておいてくれたって言ってた。
とても優しいこなんだよ」
「そうなの」
「野茨は、疲れているのにあんな離れた場所にある塔まで来てくれて、眠そうにしていたことがあったんだ。
その時、俺なんかにそばにいてほしいって言ってくれたんだ。
そっちのほうが落ち着くって。
本当は俺がひとりぼっちの嫌われ者だって知っていて、それで俺が一人にならない様にしていただけなのに」
紅玉は何も答えなかった。
ぽたり、ぽたりと、夜露の瞳から涙がこぼれ落ちる。
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